最新記事

北朝鮮

北朝鮮「スリーパーセル」論争に隠された虚しい現実

2018年2月19日(月)15時02分
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト) ※デイリーNKジャパンより転載

「優秀な人材を日本に振り向けようという動機」が、金正恩党委員長にはない KCNA/REUTERS

<一般の日本人に偽装して活動の時を待つ「北朝鮮のスリーパーセル」など存在しえない。そのくらい、北朝鮮の財力と日本への関心は衰えている>

ここ数日、「北朝鮮のスリーパーセル」なるものが話題になっている。国際政治学者の三浦瑠麗氏が、2月11日放送の『ワイドナショー』(フジテレビ)で存在を主張したもので、一般市民に偽装して日本社会に潜伏し、有事に際して活動を始めるテロリスト(あるいはテロ組織)のことだという。

これに対しては、すでに「根拠がない」「妄想だ」などの膨大な数の批判の声があり、さらにはその批判に対する批判もある。またそのような議論を超越して、「200人ぐらいいる」とする専門家の解説も出ている。

筆者の個人的な意見を言えば、「そんなものはいない」のひと言に尽きる。もちろん、何かが「存在しないこと」を証明するのは無理だから、客観的な証拠は提示できない。しかし長年の経験からして、北朝鮮にはもはや、そのような人材を運用する力はないと確信している。

緩んだ日本の対朝防諜

優秀な工作員を養成するには、莫大なコストがかかる。高度なテロ活動を行う工作員なら、なおさらだ。また、高度なテロ活動にはそれなりの支援体制が必要であり、それはつまり資金力のことだ。北朝鮮の体制というのは、非合理で財政的に困窮し、そのうえ薄情なのが特徴だ。北朝鮮当局が海外の工作員に資金を供給していた例もあるが、「自分で調達しろ」と命じたり、逆に「上納金を出せ」と求めたりした事例もあった。そんなケチ臭い体制が、「スリーパーセル」などという洒落たものを維持できるはずはないのだ。

とはいえ、北朝鮮が日本でまったく工作活動をしていないかと言えば、そういうわけではない。しかしその主要な内容は、韓国のシンパ組織を支援するための連絡係だ。

(参考記事:韓国でつかまった北朝鮮スパイが「東京多摩地区」で会っていた人物とは!?

あるいは、日本政府に働きかけ、秘密の安保対話のためのラインをつなごうとしていた人物もいた。ただ、外事警察が「工作員である」と認定した本人の直撃インタビューを読むと、これを本当にスパイ事件として摘発する必要があったのか、むしろ日本の国益を損なっているのではないかとの懸念さえ覚える。

(参考記事:直撃肉声レポート...北朝鮮「工作員」関西弁でかく語りき

ちなみに日本の警察は近年、北朝鮮による対韓国工作などの活動を摘発するのにもあまり熱心ではなかった。北朝鮮に対する経済制裁が強まるにつれ、ちょっとした日用品の不正輸出も、公安事件として扱えるようになった。実態の見えにくい工作活動を追うより、不正輸出の方が簡単に見つけられる。そっちで点数稼ぎをしてお茶をにごしている間に、本物のスパイを追うスキルが鈍ってしまったとも言われる。

それでも、「スリーパーセル」のようなものが本当に存在するなら、壁紙とか冷凍食品とかの不正輸出の摘発に、貴重な人員を振り向ける余裕はなかっただろう。追うネタが乏しいから、事件化できそうなネタはなんでも挙げなければならないのだと推察することもできる。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

26年ブラジル大統領選、ボルソナロ氏長男が「出馬へ

ワールド

中国軍機、空自戦闘機にレーダー照射 太平洋上で空母

ビジネス

アングル:AI導入でも揺らがぬ仕事を、学位より配管

ワールド

アングル:シンガポールの中国人富裕層に変化、「見せ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺るがす「ブラックウィドウ」とは?
  • 3
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 4
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 5
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 6
    「搭乗禁止にすべき」 後ろの席の乗客が行った「あり…
  • 7
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い…
  • 8
    仕事が捗る「充電の選び方」──Anker Primeの充電器、…
  • 9
    『羅生門』『七人の侍』『用心棒』――黒澤明はどれだ…
  • 10
    ビジネスの成功だけでなく、他者への支援を...パート…
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺るがす「ブラックウィドウ」とは?
  • 3
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」が追いつかなくなっている状態とは?
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 6
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 7
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い…
  • 8
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 9
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 10
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙す…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中