最新記事

BOOKS

パナソニック役員の「技術と心をつなげる」本への違和感

2017年4月14日(金)18時36分
印南敦史(作家、書評家)

ところが著者は、「どっちも中途半端なんて言われるなら、仕事もピアノも両方ともやってみせる!」と感情的な方向に走ってしまう。しかも「やってみせる!」と決心したにもかかわらず、高校時代の初恋の人と再会して結婚することにしたという理由で、結果的にはアメリカ・デビューを断ってしまう。

「あれ、そうなっちゃうの?」という感じで、少なくとも私には、ちょっと理解できなかった。

なお、DJの立場からすると、前出のターンテーブル「SL-1200」シリーズに対する認識にもズレを感じる。


テクニクスのターンテーブルはレコードを載せる回転盤を外周のベルトドライブで回すのではなく、モーターで直接駆動するダイレクトドライブ方式を世界で初めて採用した。このSL-1200の後継機、SL-1200MK2を使って、全世界のディスコやバーでDJたちが独創的な奏法を編み出していた。
 ターンテーブルを直接手で触って動かし、キュッキュッとこする、スクラッチ。サウンドとリズムで遊びながら即興で行うパフォーマンスはクラブミュージックのDJにとって欠かせない技術になっている。このスクラッチも、モーターを直接回転盤につなげることで、回転する力が強くなったために実現したのだ。(184ページより)

たしかに大筋ではそういうことだ。しかし70年代後期にグランドマスター・フラッシュやDJクール・ハークが「ブレイク・ミックス」などの手法を生み出したとき、使われていたのはベルトドライブの「SL-23」だった。細かい話だが、専門家としてクラブミュージックを語るのであれば、これは持っていなければならない知識である。

他にも、復活した「SL-1200GAE」の33万円という価格設定など、認識がズレていると思わずにいられない箇所が少なくなかったが、それは「会社の方針」であって本書とは関係のない問題でもあるので、ここでこれ以上突っ込む必要もないだろう。

しかしどうあれ、かつて大きな憧れを抱いたテクニクスへの想いは、本書によってちょっと違う方向を向いてしまった。何度もいうようにテクニクスのファンだったからこそ、その部分はどうしようもないのだ。

本書を読んで気になるのは、全体を貫くバブルの残り香である。

「ああ、バブルのころって、こういう人がたくさんいたよなぁ」というのが率直な感想であり、しかも絶対的な自己肯定意識が全体を貫いていて曲折や苦悩が描かれていないため、あまり心に訴えかけてこない。

「小説じゃないんだから」と反論されればそのとおりかもしれないが、読者は少なからず「ストーリー」を求めたくなるもの。つまり苦悩や葛藤、失敗談などがもっとていねいに書かれていたとしたら、より読者からの共感を得られたのではないかと思えてならないのだ。


『音の記憶 技術と心をつなげる』
 小川理子 著
 文藝春秋

[筆者]
印南敦史
1962年生まれ。東京都出身。作家、書評家。広告代理店勤務時代にライターとして活動開始。現在は他に、「ライフハッカー[日本版]」「WANI BOOKOUT」などで連載を持つほか、「ダヴィンチ」「THE 21」などにも寄稿。新刊『世界一やさしい読書習慣定着メソッド』(大和書房)をはじめ、『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』(ダイヤモンド社)など著作多数。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

プーチン氏のウクライナ占領目標は不変、米情報機関が

ビジネス

マスク氏資産、初の7000億ドル超え 巨額報酬認め

ワールド

米、3カ国高官会談を提案 ゼレンスキー氏「成果あれ

ワールド

ベネズエラ沖で2隻目の石油タンカー拿捕、米が全面封
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    懲役10年も覚悟?「中国BL」の裏にある「検閲との戦い」...ドラマ化に漕ぎ着けるための「2つの秘策」とは?
  • 2
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 3
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリーズが直面した「思いがけない批判」とは?
  • 4
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦…
  • 5
    「何度でも見ちゃう...」ビリー・アイリッシュ、自身…
  • 6
    70%の大学生が「孤独」、問題は高齢者より深刻...物…
  • 7
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 8
    中国最強空母「福建」の台湾海峡通過は、第一列島線…
  • 9
    ロシア、北朝鮮兵への報酬「不払い」疑惑...金正恩が…
  • 10
    ウクライナ軍ドローン、クリミアのロシア空軍基地に…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 5
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 6
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 7
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 8
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 9
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 10
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 7
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 8
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 9
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 10
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中