最新記事

アジア

ダライ・ラマ制裁に苦しむ、モンゴルが切るインドカード

2017年1月14日(土)11時00分
楊海英(本誌コラムニスト)

B. Rentsendorj-REUTERS

<チベット仏教文化の中国への浸透が、習近平の一党独裁体制を脅かす>(写真:モンゴルの首都ウランバートルを訪問したダライ・ラマ14世)

 モンゴル駐インド大使が最近、インド外務省に書簡を送ったという。中国の習近平(シー・チンピン)政権によるモンゴルへの制裁を解除するよう、モディ首相から働き掛けてほしいとの内容らしい。

 事の発端は16年11月末に実現したチベット仏教の最高指導者ダライ・ラマ14世(81)のモンゴル訪問。5年ぶり、9度目の訪問だった。中国外務省の報道官は「ダライ・ラマは法衣をまとったオオカミで分離独立分子」と口汚く批判。さらにモンゴルから輸入する鉱物に高関税を課し、決まっていた元借款を凍結するなど厳しい制裁を発動した。

 困ったモンゴルがインドに助けを求めたのには訳がある。仏教に代表されるチベット文明はインドにルーツがあり、モンゴルはチベット仏教の強い影響下にある。モンゴル、チベット、インドを結ぶ絆はダライ・ラマ亡命で強まっている。今回、中国から圧力を受けたモンゴルが中国と地政学的に対峙するインドに頼るのは自然だ。

「世界の屋根」チベットを自国の「古くからの領土にして核心的利益」と位置付ける中国は1950年に人民解放軍をチベットの首都ラサに進駐させた。54年、19歳の少年が北京に到着して、61歳の毛沢東とチベットの政治的地位を協議。百戦錬磨の毛に呼ばれた青年ダライ・ラマは「宗教は麻薬だ」と脅され、宗教改革を強制された。その後、中国はチベットの仏教寺院を破壊し、僧侶を還俗させる過激な政策を実施。ラサに軍事的な圧力をかけると、ダライ・ラマは59年に亡命した。

 以来、中国は「ヨーロッパの中世よりも暗黒な、政教一致の封建制から解放したチベットを、一気に共産主義に迎え入れた」と宣言。過酷な統治を続けてきた。当初は独立を唱えたダライ・ラマも近年では自らの存命中にチベット問題を解決しようと、中国への要求を「高度の自治の実施」に引き下げた。しかし、北京は対話のドアを閉ざしたままだ。高齢のダライ・ラマの「成仏」を待っているからだ。

【参考記事】ロンドン直通の「一帯一路」鉄道で中国が得るもの

漢民族にまで高い人気

 ダライ・ラマは習国家主席の父、習仲勲(シー・チョンシュン)と交流があり、以前は現体制に期待を寄せていた。しかし、毛沢東時代に復古しつつあると判断してからは、両者の対話も途絶えてしまった。

 中国が恐れているのは、ダライ・ラマが「チベット仏教文化圏」全体に持つ権威だ。チベット自治区そのものだけでなく、その東の四川省西部と青海省、それにモンゴリア(モンゴル国と中国内モンゴル自治区)と旧満州、シベリア南部の住民はほとんどがチベット仏教の信者だ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

石破首相「双方の利益になるよう最大限努力」、G7で

ワールド

米中貿易枠組み合意、軍事用レアアース問題が未解決=

ワールド

独仏英、イランに核開発巡る協議を提案 中東の緊張緩

ワールド

イスラエルとイランの応酬続く、トランプ氏「紛争終結
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:非婚化する世界
特集:非婚化する世界
2025年6月17日号(6/10発売)

非婚化・少子化の波がアメリカもヨーロッパも襲う。世界の経済や社会福祉、医療はどうなる?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?...「がん」「栄養」との関係性を管理栄養士が語る
  • 2
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 3
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波でパニック...中国の輸出規制が直撃する「グローバル自動車産業」
  • 4
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されず…
  • 5
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 6
    メーガン妃とキャサリン妃は「2人で泣き崩れていた」…
  • 7
    若者に大不評の「あの絵文字」...30代以上にはお馴染…
  • 8
    ハルキウに「ドローン」「ミサイル」「爆弾」の一斉…
  • 9
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 10
    さらばグレタよ...ガザ支援船の活動家、ガザに辿り着…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタらが乗ったガザ支援船をイスラエルが拿捕
  • 4
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 5
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 6
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 7
    今こそ「古典的な」ディズニープリンセスに戻るべき…
  • 8
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 9
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 10
    脳も体も若返る! 医師が教える「老後を元気に生きる…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 3
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 9
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中