最新記事

いとうせいこう『国境なき医師団』を見に行く

「弱者の中の弱者」の場所:アレッポ出身の女性に話を聞く

2016年12月26日(月)17時50分
いとうせいこう

いとうせいこう『国境なき医師団』を見に行く 文化的仲介者イハブ。後ろは難民キャンプの仮設住宅。

<「国境なき医師団」(MSF)の取材で、いとうせいこうさんはギリシャの難民キャンプをおとずれた。まずアテネ市内で最大規模の難民キャンプがあるピレウス港で取材し、トルコに近いレスボス島に移動した。そして、いよいよギリシャ編も最終回となる...>

これまでの記事:「いとうせいこう、『国境なき医師団』を見に行く
前回の記事:「未来が見えないんですーーギリシャの難民キャンプにて

いまだカラ・テペ難民キャンプにて

 思えば7月18日の午後のことだった。

 俺はその一日に閉じこめられるようにして、つらつらとこの文章を書き綴っている。

 ギリシャはレスボス島の、カラ・テペという場所にある難民キャンプは、日差しの透明さといい、生ぬるい風の吹き方といい、空の青さといい、まるでリゾート地のようだった。もちろんそこに仮住まいする難民たちにとっては地獄のような過酷な地域だ。

 ジャマールさんに話を聞いてから、俺たちはアダムイハブと共にまたキャンプの中を歩いた。途中、中東系の女の子たちが地面に敷いた布の上で座って遊んでいた。そちらに向けてイハブは右手を上げ、巻き舌のアラブ的な言語で明るく話しかけた。女の子たちは見知らぬ俺や谷口さんがいるのに気づいて、はにかんだような笑顔を返した。

 「あの中にいたマラカという子は」

 イハブはリズミカルな足取りで歩きながらうれしそうに教えてくれた。


「この間まで弁護士になりたいと言ってたんですが、今は医者になるそうです」

 つまり自分たち難民を救っている者に憧れ、自らもそうしたいと願っているわけだ。イハブとしてもそれは何より心動かされることなのに違いなかった。

 仮設住宅の列を抜けると、空の広い場所に出た。簡易な塀があり、中にトタンと木を組み合わせて作った施設があった。そこがシャワー、トイレのエリアだそうだった。

 すぐそばにキオスクのような小さな小屋があって、棚に石鹸やシャンプー、生理用品などが置かれていた。衛生関係の物資はそこで配給されるらしかった。ひとつの仮設住宅にごっそり運ぶというより、個人ごとの事情に応じて渡すという気配りが感じられた。

 同様の気配りは、そのあたりにしつらえられた金網の中の仮説住宅群に特に濃く存在した。その場所には女性しか入れないのだとイハブは説明した。キャンプ内にさらに金網で守られたエリアがあるのだ。家庭内で性暴力に遭っている者もあるだろう。移動の過程でそうした過酷な経験にさらされ、他人に会うことを避けたい者もあるだろう。

 むごい目に遭っている難民たちの中でも、さらに厳重に守られるべき女性たちがいることに、俺は身体が固まってしまうようなショックを受けた。吹きさらしの施設の群れの中で、そこだけがハイチで見た性暴力被害者センターのような深い静けさの中に沈んでいた。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

中国軍、台湾包囲の大規模演習 実弾射撃や港湾封鎖訓

ワールド

和平枠組みで15年間の米安全保障を想定、ゼレンスキ

ワールド

トルコでIS戦闘員と銃撃戦、警察官3人死亡 攻撃警

ビジネス

独経済団体、半数が26年の人員削減を予想 経済危機
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 2
    マイナ保険証があれば「おくすり手帳は要らない」と考える人が知らない事実
  • 3
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 4
    【銘柄】子会社が起訴された東京エレクトロン...それ…
  • 5
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 6
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」と…
  • 7
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 8
    なぜ筋肉を鍛えても速くならないのか?...スピードの…
  • 9
    「アニメである必要があった...」映画『この世界の片…
  • 10
    2026年、トランプは最大の政治的試練に直面する
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 4
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 5
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 6
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 7
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 8
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 9
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 10
    マイナ保険証があれば「おくすり手帳は要らない」と…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「…
  • 6
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 7
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 8
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 9
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 10
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中