最新記事

追悼

シモン・ペレスが中東に遺した「楽観主義」

2016年9月30日(金)17時40分
デブラ・カミン

Palestinan Authority-REUTERS

<不屈の決意で中東に束の間の和平をもたらしたイスラエルのシモン・ペレス前大統領の死は、必ずしも中東和平の死を意味しない> 写真は、ペレス(右)とヤセル・アラファトPLO議長。年代不詳 

 9月28日に93歳で死去したイスラエルのシモン・ペレス前大統領は晩年、イスラエルにとって最後の「平和の象徴」だった。シオニズムを目指して政治家になり、パレスチナとの和平に反対する右派強硬派の圧力に屈せず中東和平を追求した。1948年のイスラエル建国当時から政治の表舞台に立ち続けた、数少ない政治家の一人だった。

 束の間の黄金期を築いた1990年代には、イスラエルを国家と認めていなかったパレスチナ解放機構(PLO)と秘密裏の和平交渉に臨み、パレスチナ暫定自治を決めた1993年のオスロ合意の立役者になった。その翌年、当時のイスラエルのイツハク・ラビン首相とヤセル・アラファトPLO議長とともにノーベル平和賞を受賞。あの頃のペレスは、イスラエルの負の遺産である紛争を永久に終わらせることだけを夢見ていた。

 だが建国から60年以上にわたる歴代政権で国防相から交通相、大統領、首相にいたるあらゆる役割を担ってきたペレスでさえ、イスラエルのために追い求めた和平を実現することはできなかった。彼はユダヤ人とアラブ人の居住区域の分割を提案した初期の政治家の一人でもあり、当初はヨルダン川西岸地域へのユダヤ人入植も支持していた。和平を追求する理由について、心の苦痛からではなく、イスラエルに安全をもたらすために必要だからだと公に認めていた。

和平を断念する者は現実的でない

 2014年11月に中部テルアビブのラビン広場で大観衆を前に行った演説は、ペレスの政治哲学を思い起こさせる内容だった。

「和平を断念した者は幻覚を見ている。あきらめて和平を追求するのをやめる者は、だまされやすく、国を愛していない。現実を直視して幻覚を見ず、だまされないためには、鋭く、明確で、永久に変わらない基本的な真実を認知する必要がある」

「和平を実現しなければ、イスラエルに永遠の安全は訪れない。経済を安定して繁栄させることもできない。貧困や差別のない健全な社会も築けない。ユダヤ人が誇る民主的な特性を守り抜くチャンスもない。もし現状でいいと考えれば、イスラエルはより良い未来をみすみす手放すことになる」

 訃報が伝わった今週水曜、イスラエル国民は建国の父の最後の一人の死を悼み、ベンジャミン・ネタニヤフ首相が率いる右派政権も、故人の功績を称えて黙とうを捧げ、弔意を示した。ペレスの死は、イスラエルが国際社会で存在感を増す原動力になった楽観的で理屈ぬきの夢が終わった象徴として受け止められた。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

イラン、NPT脱退法案を国会で準備中 決定はまだ

ワールド

米上院議員が戦争権限決議案、トランプ氏のイラン軍事

ビジネス

NTTドコモ、 CARTAHDにTOB 親会社の電

ビジネス

パリ航空ショー、一部イスラエル企業に閉鎖命令 イス
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:非婚化する世界
特集:非婚化する世界
2025年6月17日号(6/10発売)

非婚化・少子化の波がアメリカもヨーロッパも襲う。世界の経済や社会福祉、医療はどうなる?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?...「がん」「栄養」との関係性を管理栄養士が語る
  • 2
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 3
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波でパニック...中国の輸出規制が直撃する「グローバル自動車産業」
  • 4
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されず…
  • 5
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    若者に大不評の「あの絵文字」...30代以上にはお馴染…
  • 8
    メーガン妃とキャサリン妃は「2人で泣き崩れていた」…
  • 9
    さらばグレタよ...ガザ支援船の活動家、ガザに辿り着…
  • 10
    ハルキウに「ドローン」「ミサイル」「爆弾」の一斉…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタらが乗ったガザ支援船をイスラエルが拿捕
  • 4
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 5
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 6
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 7
    今こそ「古典的な」ディズニープリンセスに戻るべき…
  • 8
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 9
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 10
    脳も体も若返る! 医師が教える「老後を元気に生きる…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 3
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 9
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中