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ゲーム研究の現在――「没入」をめぐる動向

2016年7月17日(日)15時28分
吉田 寛(立命館大学大学院先端総合学術研究科教授)※アステイオン84より転載

 そしてゲームを――遊ぶだけでなく――「研究」するさらなる理由は、現代社会におけるICT(情報通信技術)とHCI(ヒューマン=コンピュータ・インタラクション)の重要性に求められる。感性学にとっては、こちらの方がより興味深い。日本でも欧米でも、ゲームは一般的普及にもっとも成功したICTの事例とされる。ゲームを入口にしてコンピュータの操作やキーボードの入力方法に習熟するケースは昔から多かったが、今やインターネットやSNSの使い方もゲームをしながら覚えていける時代である。またインタラクティヴィティをその本質の一つとするビデオゲームは、自ずと、高度に洗練されたユーザーインターフェイスを育んできた。コンピュータのハードウェアやOSの開発者や設計者が、しばしばゲームのデザインを手本にしてきたのはそのためである。認知工学の創始者ドナルド・アーサー・ノーマン(一九三五-)は、ビデオゲームが実現している「探索しながら段階的に学習できるデザイン」や「プレイヤーが直接行為をしているかのような感覚」を高く評価し、そこに「未来のコンピュータ」の理想を見出した("The Psychology of Everyday Things", 1988:『誰のためのデザイン? 認知科学者のデザイン原論』新曜社、一九九〇年)。ゲームがもたらすUX(ユーザーエクスペリエンス)は、人間と機械のより良い関係を模索する上で大きな鍵となるのだ。

 さてこうしたゲーム研究も、新たなディシプリンとして誕生してからおよそ二〇年が経過した。日進月歩の学問の世界では、もはや「若い」とは言えない。実際、一昔前までは、刊行文献のほとんどに目を通すことも不可能ではなかったが、今ではリストアップも追いつかないくらいに、文献の数もふくれ上がっている。それだけ研究者や関連学会の数が増えたということだ。情報のキャッチアップはたいへんになったが、とても喜ばしいことである。

 二〇一〇年代に入ると事典や手引書も刊行され、ゲーム研究は体系性とそれ自体の歴史を備えた学問領域として完成されつつある。かつては著名な研究者の著作や論文集を押さえておけば、主要な研究主題と状況が理解できたが、それが困難になるほどに文献の数が増えてくると――とくに初学者には――リファレンスの類が必須となる。マーク・J・P・ウォルフ編『ビデオゲーム百科事典(Encyclopedia of Video Games)』(二〇一二年)は、一〇〇名近くの執筆者による三〇〇以上の項目を含む、この分野で初めての事典だ。またマーク・J・P・ウォルフとベルナール・ペロン共編『ラウトレッジ版ビデオゲーム研究必携(The Routledge Companion to Video Game Studies)』(二〇一四年)は技術、形式、プレイ、一般、文化、社会学、哲学という七つの側面に分類された、六〇のトピックを扱っている。

 これらの著作がタイトルに「ビデオゲーム(video game)」を含むことも見逃せない。「コンピュータゲーム」でも「デジタルゲーム」でもなく、わざわざこの語が選ばれている理由は、そこで取り上げられるゲームが――聴覚や触覚にも作用するとはいえ――基本的に「視覚的」表象に基づくものであるからだ。ここには、映像メディア研究(主に映画とテレビの理論)の蓄積を継承し、そこにインターフェイスやプレイヤー行為、アルゴリズムといった新たな観点を追加することでゲーム研究の土台を築いてきた、編者ウォルフ自身の経歴と思想が表現されている。

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