最新記事

国際政治

自由主義的な世界秩序の終焉

2016年7月1日(金)16時00分
スティーブン・ウォルト(ハーバード大学ケネディ行政大学院教授=国際関係論)

Pascal Rossignol-REUTERS

<アメリカでのドナルド・トランプ人気、欧州の極右政党の台頭、あげくにイギリスのEU離脱──一時は世界を席巻しそうな活気を誇った民主主義が危うくなり始めている。最大の理由は、自由な社会にはデマゴーグに乗っ取られやすい弱点があるからだ>

 今は昔――といっても1990年代のことだが、多くの優秀で真面目な人々が、これからは自由主義的な政治秩序の時代で、必然的にそれが世界の隅々に浸透するものと信じていた。アメリカとそアメリカと同盟を組む民主主義国はファシズムと共産主義を打倒し、人類を「歴史の終点」まで連れてきたはずだった。

「共同主権」の壮大な実験場だったEU(欧州連合)では、事実ほとんど戦争がなくなった。多くのヨーロッパ人は、民主主義と単一市場、法の支配、国境の開放という独自の価値観を掲げたEU文民の「シビリアン・パワー」が、アメリカ流の粗野な「ハード・パワー」と同等かそれに優る成果を上げたと信じていた。

 その頃アメリカは、「民主的統治圏」の拡大や独裁者の一掃、民主的な平和の地盤を固めることによって、善意で恒久的な世界秩序を導こうとしていた。

危機を招く「行き過ぎた民主主義」

 だが、90年代に盛り上がった自由主義的な秩序に対する楽観論は、その後悲観論に取って替わられた。米ニューヨーク・タイムズ紙のコラムニスト、ロジャー・コーエンは、「分裂を煽る勢力が拡大」しており、「戦後世界の基盤が揺らいでいる」と指摘した。一方、今年4月に公表された世界経済フォーラムの白書は、自由主義の世界秩序は今、独裁政権や原理主義者の挑戦を受けていると警告。政治ブログの草分け、アンドリュー・サリバンはニューヨーク・マガジン誌で「民主的になり過ぎた」ためにアメリカが危機にさらされている可能性があると書いた。

 懸念は理解できる。ロシアや中国、インド、トルコ、エジプトなどはおろかアメリカでさえ、強権主義の復活や国民の不満を一掃してくれそうな「強い指導者」待望の動きが見てとれる。米フーバー研究所の上級研究員、ラリー・ダイアモンドによれば、2000~2015年の間に世界の27カ国で民主主義が崩壊した。一方で「既存の独裁政権の多くはますます閉鎖的になり、国民の声に耳を貸さなくなっている」と言う。

【参考記事】中国はアメリカと同じ位「ならず者」

 今やイギリスがEUからの離脱を決め、ポーランドやハンガリー、イスラエルなどの国では自由主義とは真逆の方向へ舵を切っている。そしてアメリカでは、こともあろうに大統領候補の一人が、自由主義的な社会に欠かせない寛容の精神を公然と否定し、人種差別的な発言や根拠のない陰謀説を繰り返し、裁判官まで侮辱する始末。自由主義の理想を信じる者にとっては不幸な時代というほかない。

【参考記事】ポーランドの「プーチン化」に怯えるEU

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

アングル:日銀、柔軟な政策対応の局面 米関税の不確

ビジネス

米人員削減、4月は前月比62%減 新規採用は低迷=

ビジネス

GM、通期利益予想引き下げ 関税の影響最大50億ド

ビジネス

米、エアフォースワン暫定機の年内納入希望 L3ハリ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    ポンペイ遺跡で見つかった「浴場」には、テルマエ・…
  • 5
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 6
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 7
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 8
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 9
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 10
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 8
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 9
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 10
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 10
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中