最新記事

ルポ

難民たちを待つ厳冬の試練

高波、凍死のリスク、劣悪な収容態勢──寒さが本格化する今、それでも欧州を目指すわけ

2015年11月25日(水)16時30分
ミレン・ジッダ

寒空の下で マケドニアへの入国許可証が出るのを待つ難民たち Ognen Teofilovski-REUTERS

 実に大胆な決断だ。オミード・ファテヒカラジョと妻のナデレ、10歳になる娘のワニアは数日後、ギリシャを目指してトルコの海岸を出発する。乗り込むのは、小さなゴムボートだ。

 ウェブカメラの向こうの夫妻に笑顔はない。オミードは通訳を介してこれまでの経緯を熱心に語り、妻が時折、口を挟む。ワニアはカメラを見て恥ずかしそうに笑い、こう言う。「(旅が)心配。ギリシャへ行くときが特に。海が荒れているから」

 一家はもともと、イランのクルディスタン州の州都サナンダジュで暮らしていた。だが3年以上前、オミードがクルド系政党との関係を理由に逮捕・拷問され、イラクのクルド人居住地区に避難した。そこにもイラン当局の手が伸び、今度はトルコ北西部の町エスキシェヒルへ。そこで1年7カ月を過ごした。

 冬の訪れで移動の危険が増す今、ヨーロッパ行きを決意したのは、もうトルコにはいられないからだという。

 クルド人であるオミード一家は、この国で人種差別にさらされている。最近も隣人に襲撃されたが、警察に通報しても逆にクルド人は出ていけと言われる始末。「一番大切なのは身の安全だ。(ヨーロッパの)冬が厳しいのは知っているが、ここで怯えて暮らすよりはいい」

 国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の報告によれば、先月、地中海を渡ってヨーロッパに到着した難民・移民の数は21万8394人に達した。2万3050人だった昨年10月と比べて、10倍近くに激増している。

 ヨーロッパに渡る難民の動向は昨年まで、季節に応じて変化していた。難民数が最も多いのは気候のいい夏で、冬になると減少する。だが今年は事情が違う。理由として挙げられるのが、移動ルートの変化だ。

 トルコからギリシャへ向かう難民の数は今や、北アフリカからイタリアを目指す人の約4倍に上る。トルコ・ギリシャルートの所要時間は最短で25分。冬のエーゲ海は激しい雨や高波に見舞われ、転覆の危険はあるものの、移動距離が短いため比較的安全だと考える難民は多い。

斡旋業者が冬季特別割引

 昨年は4万1000人ほどがたどったこのルートは、今年に入って人気が拡大した。「トルコからギリシャ、さらにバルカン半島を北上する移動路の出現は今年ならではの現象だ」と、UNHCRのエイドリアン・エドワーズ報道官は指摘する。

 原因の1つがシリア、イラク、アフガニスタンでの内戦や政情不安のさらなる悪化だ。ギリシャに到着した難民の93%が3カ国の出身。トルコにより近い場所に住む彼らにしてみれば、北アフリカ・イタリアルートをわざわざ選択する理由などない。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

三井住友FG、印イエス銀株の取得を完了 持分24.

ビジネス

ドイツ銀、2026年の金価格予想を4000ドルに引

ワールド

習国家主席のAPEC出席を協議へ、韓国外相が訪中

ワールド

世界貿易、AI導入で40%近く増加も 格差拡大のリ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェイン・ジョンソンの、あまりの「激やせぶり」にネット騒然
  • 2
    「日本を見習え!」米セブンイレブンが刷新を発表、日本では定番商品「天国のようなアレ」を販売へ
  • 3
    中国は「アメリカなしでも繁栄できる」と豪語するが...最新経済統計が示す、中国の「虚勢」の実態
  • 4
    ケージを掃除中の飼い主にジャーマンシェパードがま…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 7
    腹斜筋が「発火する」自重トレーニングとは?...硬く…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「リラックスできる都市」が発…
  • 9
    「この歩き方はおかしい?」幼い娘の様子に違和感...…
  • 10
    「なにこれ...」数カ月ぶりに帰宅した女性、本棚に出…
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 4
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 5
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 6
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 7
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    埼玉県川口市で取材した『おどろきの「クルド人問題…
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 10
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中