最新記事

歴史問題

中台密談で歴史問題対日共闘――馬英九は心を売るのか?

2015年11月11日(水)18時42分
遠藤 誉(東京福祉大学国際交流センター長)

 この講話の中で、習近平氏は「当時の資料や証言者、物証などを徹底して集めること」や「両岸(中台)の歴史学者が史料を共有し、ともに抗日戦争史を描いていくこと」などを強調している。さらに「中華民族が極悪非道の日本軍と戦った歴史を、世界反ファシスト戦争勝利の中に克明に刻んでいかなければならない」という趣旨の主張を何度もしている。

 7月30日の講話を受けて、9月1日に「連戦・習近平会談(連習会談と称する)」で、習近平氏は中台が共同して抗日戦争史を描いていこうと、連戦氏に呼びかけたわけだ。

 この「連習会談」における習氏の話を受けて、11月7日に、馬氏は「習先生が2カ月前(9月1日)に提案なさった~~建議」と、台湾側から積極的に話を持ちかけたのである。それは当然、習近平氏の「中華民族の尊厳を共有した中台協力」という出発点を受けてのものだ。

 仮にもし、馬氏が、「抗日戦争において、蒋介石率いる国民党軍が正面戦場で日本軍と戦い、中共軍は国共合作を口実にして生き延び、日中戦争の間に勢力を拡大していった」という真実を語るのならば、それは歴史的に非常に有意義なことだ。

 しかしシンガポールのシャングリラホテルにおける7日の、あの満面の笑みの握手から見て、そのような真実を馬氏が語る勇気を持っているとは言い難い。

 これまで日中戦争の主戦場において戦ってきたのは国民党軍だとして、北京政府にものを言うことができた「台湾」は、もう消えたのか。蒋介石が毛筆の日記に綴ってきたあの無念を晴らしてあげるどころか、国民党軍自身をさえ裏切ろうとしている。

 少なくとも今の時点では、台湾国民党は中国共産党が書き換えてきた、日中戦争における中国共産党軍の役割を容認するつもりだろう。

 そのために、習近平氏はあの「歴史的握手」という演出を馬英九氏にプレゼントしたとしか思えない。

 来年の総統選のために馬英九氏は、日中戦争時における国民党軍の功績を矮小化し、事実を歪曲してまで、共産党軍を讃えるという卑屈を選ぼうとしている。

 民間の学者に任せると言っているから、せめて民間の学者が「御用学者」ではなく、良心を持った、真実を求める学者たちであることを祈らずにはいられない。「禁区を設けない」という提案を、忠実に守るか否か、それが分かれ目となる。

 それは台湾の分岐点であるとともに、日中関係の分岐点でもあることを、日本は心得ておかなければならない。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

自民が参院選公約発表、最大4万円給付 米関税対策「

ワールド

韓国李政権、2次補正予算を発表 追加支出147億ド

ビジネス

日経平均は4日ぶり反落、中東懸念くすぶる

ワールド

トランプ氏、パキスタン軍トップと異例の会談 核戦争
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:コメ高騰の真犯人
特集:コメ高騰の真犯人
2025年6月24日号(6/17発売)

なぜ米価は突然上がり、これからどうなるのか? コメ高騰の原因と「犯人」を探る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越しに見た「守り神」の正体
  • 2
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 3
    イタリアにある欧州最大の活火山が10年ぶりの大噴火...世界遺産の火山がもたらした被害は?
  • 4
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 5
    「アメリカにディズニー旅行」は夢のまた夢?...ディ…
  • 6
    下品すぎる...法廷に現れた「胸元に視線集中」の過激…
  • 7
    ホルムズ海峡の封鎖は「自殺行為」?...イラン・イス…
  • 8
    マスクが「時代遅れ」と呼んだ有人戦闘機F-35は、イ…
  • 9
    【クイズ】「熱中症」は英語で何という?
  • 10
    ロシア人にとっての「最大の敵国」、意外な1位は? …
  • 1
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロットが指摘する、墜落したインド航空機の問題点
  • 2
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越しに見た「守り神」の正体
  • 3
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 4
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 5
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未…
  • 6
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?.…
  • 7
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 8
    イタリアにある欧州最大の活火山が10年ぶりの大噴火.…
  • 9
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 10
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されず…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊の瞬間を捉えた「恐怖の映像」に広がる波紋
  • 3
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 4
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 5
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 6
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 7
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 8
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 9
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
  • 10
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中