最新記事

原発

汚染水の語られざる現実【後編】

世界が注目し続ける汚染水問題にどう対処すればいいのか。原発事故対策に関わった米専門家2人が現状と課題を徹底分析

2013年12月25日(水)13時13分
リード・タナカ(元在日米軍司令官放射能問題顧問)、デービッド・ロバーツ(物理学者・元駐日米国大使科学顧問)

いたちごっこ 貯留タンクが増えるほど水漏れのリスクも増える(福島第一原発) Kimimasa Mayama-Pool-Reuters

「汚染水の語られざる現実【前編】」より続く

資源を効果的な対策に

 すべてが計画どおりにいったとしても、この遮水壁に多くを期待することはできない。建屋の地下に毎日400トン流入する水量を減らし、建屋の下を通る地下水の流れを抑制するのがせいぜいだ。

 遮水壁の建設には18カ月かかると予測されているが、その間に既にたまっている約40万トンに加え、最大20万トンの汚染水が新たに増える。すべての要素を考えると、320億円の投資が見合うかどうかは微妙なところだろう。

 むしろ適切なのは、労働力と資源を現在進行中の重要な作業の強化・促進に集中させることではないか。

 例えば、地下室の汚染除去を進めて最終的に密封閉鎖することだ。放射性物質の海洋流出を防ぐために海側遮水壁を設置すること、港湾内に設置したカーテン状のシルトフェンスの管理を強化すること、トレンチ内の汚染水をくみ上げて閉鎖すること、汚染されていない地下水を建屋よりも標高の高い場所でくみ出すことなどもある。

 こうした対策は、他の場所で他の目的ではあるが、水のコントロールに使われて成功している。凍土遮水壁を造るかどうかは別にして、汚染水コントロールに欠かせない作業と言える。

 もう1つ、議論が必要なのは汚染水をためておくか海に放出するかという問題だ。政府は国民を安心させるために厳しい環境基準を設定したが、結果として期待値を非現実的なレベルにまで上げることになった。現行基準の達成には、大変な困難と莫大な出費が伴うだろう。

 映画『ウォーターワールド』の場合と同じで、期待値をあまりに高く設定すると実現が困難になるし、そこまで達成しない限り失敗とされてしまう。現状では、飲料水と同じくらい厳しい基準を満たさないと汚染水を放出することは許されない。

 日本の飲料水のセシウムの安全基準は、1リットルにつき10ベクレル以下となっている。ところが、福島の地下水を海に放出するためには、セシウムの量が1リットル当たり1ベクレル以下でなくてはならない。それ以外の水の放出基準は、25ベクレル/リットル以下に設定されている。

 ちなみに、平均的な人間の尿に含まれるカリウムからの自然放射能の量は、1リットル当たり約50ベクレルだ(しかもカリウムに放出基準はない)。

 厳しい基準があるため、地面に蓄積されたセシウムによってわずかに汚染された雨水でさえ海に流すことはできない。やむなくタンクの数を増やすことに金をつぎ込み、労働力も使い果たすことになるが、それだけ汚染水漏れのリスクも増え、マスコミの報道で不安が増幅される可能性もある。

 従って、地下水の放出基準を国際的な基準に合う程度まで緩和することを議論してもいいだろう。それによって少しは汚染水対策の重荷を減らせる。労働力をもっと重要なプロジェクトに集中させることで、水漏れを防ぐ役に立つかもしれない。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

日鉄のUSスチール買収、法に基づいて手続き進められ

ワールド

再送-中国とインドネシア、地域の平和と安定維持望む

ワールド

インドネシア、大規模噴火で多数の住民避難 空港閉鎖

ビジネス

豪企業の破産申請急増、今年度は11年ぶり高水準へ=
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:老人極貧社会 韓国
特集:老人極貧社会 韓国
2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    【画像】【動画】ヨルダン王室が人類を救う? 慈悲深くも「勇ましい」空軍のサルマ王女

  • 3

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画って必要なの?

  • 4

    パリ五輪は、オリンピックの歴史上最悪の悲劇「1972…

  • 5

    人類史上最速の人口減少国・韓国...状況を好転させる…

  • 6

    アメリカ製ドローンはウクライナで役に立たなかった

  • 7

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 8

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人…

  • 9

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 10

    対イラン報復、イスラエルに3つの選択肢──核施設攻撃…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体は

  • 3

    犬に覚せい剤を打って捨てた飼い主に怒りが広がる...当局が撮影していた、犬の「尋常ではない」様子

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 6

    帰宅した女性が目撃したのは、ヘビが「愛猫」の首を…

  • 7

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人…

  • 8

    「もしカップメンだけで生活したら...」生物学者と料…

  • 9

    温泉じゃなく銭湯! 外国人も魅了する銭湯という日本…

  • 10

    アインシュタインはオッペンハイマーを「愚か者」と…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 7

    巨匠コンビによる「戦争観が古すぎる」ドラマ『マス…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    浴室で虫を発見、よく見てみると...男性が思わず悲鳴…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中