最新記事

恋愛

不景気が殺すイタリア不倫文化

イタリアが世界に誇る「伝統」がヨーロッパを襲う経済危機で衰退し始めた

2013年9月10日(火)15時04分
バービー・ラッツァ・ナドー(ローマ)

喪失感 愛人のいないローマは、イタリア人には何か物足りない Tim Macpherson-Stone+/Getty Images

 イタリア人男性にとって、夏は至福の時だった。家族をバカンスに送り出し、自分は仕事があるからとローマに残る。「仕事」とは、嘘をつく必要もなく不倫を楽しむことだ。

 カフェやレストランの従業員は、常連客が愛人といても知らないふりをする。イタリアの格言に、こんなものがある。「8月の真っただ中、妻よ、私は君を知らないふりをする」

 だが、もうそんな時代ではなくなった。ヨーロッパの経済危機がイタリアの文化を大きく変えている。妻は家計を助けるため働きだし、夏もバカンスに行かない。愛人との情事の後の豪華なコース料理など、夢のまた夢。近頃はテイクアウトのピザが主流だ。

「その昔、カップルのお客様がみんな愛人同士で、ご夫婦は1組もいないということがあった」と、ローマのボルゲーゼ公園を見渡すカフェのウエーターは言う。「今は夏でもご夫婦が多くなり、雰囲気が変わった」

 政府の緊縮財政や厳しくなった税制も追い打ちをかけている。不倫のためのホテル代を、会社の経費で落とせた時代はもう戻ってこない。所有する2軒目の家にかかる固定資産税はベルルスコーニ元首相が廃止したが、これも復活し、デートの場所を見つけるのも大変になってきた。

 ジャンカルロ(仮名)は48歳の既婚者だが、増税のせいで「愛の巣」を賃貸に出さざるを得なくなった。「僕の恋は台無しだ」と言う。関係が6年以上に及ぶ彼の愛人は、46歳の既婚女性。昼間の密会に彼のアパートを利用していた。「ホテルを使うと請求書が見つかったりして面倒。かといって、車の中で愛を交わすほど若くはないし」。結局、2人は別れた。

でも簡単には別れない

 イタリアの心理学者フロリンダ・ブルッコレリは、ブログにこう書いた。「今は経済問題のために、不倫は少なくとも結婚生活と同じ程度にストレスがかかるものになった」

 人気週刊誌パノラマは「愛人たちの危機」というタイトルの特集を組み、これまでイタリア人男性が当然の権利のように持っていた「愛人」が消滅しつつある理由を分析。経済危機の影響や、SNSのために不倫が発覚しやすくなったことを挙げ、愛人がいない人生は何かが足りないという男たちのコメントを紹介している。

 フランスで先月刊行された『セックスの世界地図』によると、世界一の不倫大国はイタリアで、フランス、スペインと続く。だがこの調査は「自己申告」によるものなので、物事を大げさに言いたがる南欧人の性癖が影響しているかもしれない。

 もっと正確な推定は離婚裁判から得られそうだ。昨年、イタリアの離婚専門弁護士のグループが5年にわたる離婚のケースから不倫の調査結果を発表した。

 それによると既婚のイタリア男性の55%、女性の42%が不倫経験があるか不倫中だった。不倫に走りやすい年齢は40〜50歳で、60%以上が「社内不倫」だ。妻帯者なのに同性と不倫する男性は7%、女性は5%。不倫が多い都市はミラノ、ローマ、ボローニャ、トリノの順。不倫発覚のきっかけで最も多いのは、携帯のテキストメッセージだ。
 
 だが、不倫が発覚しても離婚に結び付くとは限らなかった。「この国では不倫は悲劇ではない」と、調査結果の共同執筆者、ジャン・エトレ・ガッサニは言う。「離婚のうち不倫が原因なのは40%だけだ」

 何といっても、今は独りで生きていくのが容易ではない時代なのだ。

[2013年9月10日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ローマ教皇レオ14世、初のクリスマス説教 ガザの惨

ワールド

中国、米が中印関係改善を妨害と非難

ワールド

中国、TikTok売却でバランスの取れた解決策望む

ビジネス

SOMPO、農業総合研究所にTOB 1株767円で
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 2
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足度100%の作品も、アジア作品が大躍進
  • 3
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...どこでも魚を養殖できる岡山理科大学の好適環境水
  • 4
    素粒子では「宇宙の根源」に迫れない...理論物理学者…
  • 5
    ジョンベネ・ラムジー殺害事件に新展開 父「これま…
  • 6
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 7
    ノルウェーの海岸で金属探知機が掘り当てた、1200年…
  • 8
    「時代劇を頼む」と言われた...岡田准一が語る、侍た…
  • 9
    ゴキブリが大量発生、カニやロブスターが減少...観測…
  • 10
    「個人的な欲望」から誕生した大人気店の秘密...平野…
  • 1
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 2
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低く、健康不安もあるのに働く高齢者たち
  • 3
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 4
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 5
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 6
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 7
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 8
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 9
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦…
  • 10
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 7
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 8
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中