最新記事

英政治

貴族首相が変える世界とイギリス

2012年4月24日(火)18時17分
ニーアル・ファーガソン(ハーバード大学歴史学部教授、本誌コラムニスト)

 自国通貨の維持以外に、景気テコ入れ策の選択肢としてキャメロンが公表しているのは税制改革だ。といっても無謀な減税ではなく、責任ある税制改革。減税するなら「対象をはっきりさせたい」とキャメロンは言う。

 注目すべきは、緊縮政策を打ち出している割にキャメロンとキャメロン政権の支持率が高いことだろう。「われわれはつらい決定をする権限を国民から負託されている。その決定が必要で公正で最終的には有益だと、国民を説得しなければならない」。目指すのは経済の金融依存を減らすこと、特に製造業の復活だ。「イギリスは会計士ばかりの国ではない」

 15年に予定されている次期総選挙では保守党の単独過半数も夢ではないとキャメロンは考えている。経済は今年以降上向く見込みだから、現実味は高い。

「典型的なイギリス市民」

 今回の訪米の最大の目的はもちろん、アメリカとイギリスの中東政策が一致していると確認することだ。リビア介入の結果に勢いづくキャメロンは、昔ながらのアメリカとイギリスによる中東支配を望んでいる。イラクで懲りているオバマを説得しなければならないが、(ソマリアは言うまでもなく)シリアの事態を収拾するのは両国をおいてほかにない、というわけだ。

 キャメロンもトニー・ブレアのようにアメリカの共感を得られるだろうか。2人には共通点が多い。以前の経済力と軍事力を失っているというハンディも共通だ。過去10年間で経済規模では中国とブラジルに追い越され、国防費は大幅に削減された。

 多くのアメリカ人にとって、イギリスは一種の骨董品。お高くとまった支配階級と騒々しい下層階級──周辺には反抗的なケルト人もいる。スコットランドが独立の是非を問う住民投票を計画していることについて、キャメロンは実施自体は容認する構えだ。イギリス解体の引き金になるのではと聞くと、「そうならないことを強く望む」という答えが返ってきた。

 「母方はウェールズ、父方はスコットランドの出だ。私自身はイングランド人の血も流れ、ユダヤ人の血も少々混じっている」(キャメロンの高祖父はユダヤ人銀行家だった)。この「程よいミックス」が自分を「典型的なイギリス市民」にしていると、キャメロンは言う。

 そのため上流出身にもかかわらず、キャメロンが夢見るイギリスは『ダウントン・アビー』の世界ではない。由緒正しきイギリス人が夢見るイギリス──ヨーロッパに近いが完全に組み込まれてはおらず、アメリカと同盟関係にはあっても従属関係ではない、多民族国家だ。

 チャーチルもきっとうなずくだろう。

[2012年3月28日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

インドネシア、340億ドルの対米投資・輸入合意へ 

ビジネス

アングル:国内製造に挑む米企業、価格の壁で早くも挫

ワールド

英サービスPMI、6月改定は52.8 昨年8月以来

ワールド

ユーロ圏サービスPMI、6月改定値は50.5 需要
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプvsイラン
特集:トランプvsイラン
2025年7月 8日号(7/ 1発売)

「平和主義者」のはずの大統領がなぜ? 核施設への電撃攻撃で中東と世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 2
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコに1400万人が注目
  • 3
    ワニに襲われた直後の「現場映像」に緊張走る...捜索隊が発見した「衝撃の痕跡」
  • 4
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた…
  • 5
    米軍が「米本土への前例なき脅威」と呼ぶ中国「ロケ…
  • 6
    吉野家がぶちあげた「ラーメンで世界一」は茨の道だ…
  • 7
    【クイズ】「宗教を捨てる人」が最も多い宗教はどれ?
  • 8
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 9
    「22歳のド素人」がテロ対策トップに...アメリカが「…
  • 10
    熱中症対策の決定打が、どうして日本では普及しない…
  • 1
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で大爆発「沈みゆく姿」を捉えた映像が話題に
  • 2
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた発見の瞬間とは
  • 3
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門家が語る戦略爆撃機の「内側」と「実力」
  • 4
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急…
  • 5
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 6
    夜道を「ニワトリが歩いている?」近付いて撮影して…
  • 7
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 8
    サブリナ・カーペンター、扇情的な衣装で「男性に奉…
  • 9
    定年後に「やらなくていいこと」5選──お金・人間関係…
  • 10
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の…
  • 6
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 7
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 8
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 9
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 10
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中