最新記事

育児

ホルモン減少で男たちがイクメンに?

父親になるとテストステロンが減少するという研究結果の勘違い

2011年11月25日(金)14時26分
ウィリアム・サレタン

社会の変化 子育てを頑張り、楽しむ男性が増えてきた

 男は狩りに出て、戦い、女を求め続けるもの。子育ては家にいる女の仕事だ──私たちは長年、男と女はそれぞれの役割を果たすべく進化してきたと教えられてきた。だが最近は違う説が唱えられ始めている。男だって女と同じように子育てができるようにつくられている、と。

 この新説の根拠とされているのが、米国科学アカデミー紀要(PNAS)に先月掲載された論文だ。フィリピンの21〜26歳の男性を対象にした調査で、父親になると男性ホルモンのテストステロンの量が4年間で30%減少するという研究結果が出た。同年代の子供のいない男性に比べて、2倍以上の減少だ。

 乳児のいる男性の場合は特に減少が顕著だった。また子供の世話を1日に3時間以上している男性は、育児に関与しない男性よりテストステロンが20%少なかった。

 この結果を受けて「政治的に正しい」さまざまな解釈が報じられているが、そこには4つの勘違いがある。

1)「男性はテストステロン減少で子育てに開眼する」

 英国プレス協会はこう報じたが、同研究で調べたのはホルモンの量だけ。育児に対する意識については何も調べていない。

2)「男性は生物学的に子育てを手伝うようにできている」

 論文の執筆者はプレス向けにそう発表したが、研究で証明されたのは、子供が生まれた後にテストステロンが減るということだけ。減少を説明できる生物学的な理由は、子育て以外にもいくつか考えられる。

■健康のため──テストステロンは心臓病や癌と関係があるといわれる。だから性欲を高めるテストステロンで父親になるという目標さえ達成されれば、量が減るのは自然の理にかなっているかもしれない。

■リスクの高い行動を減らすため──テストステロンが減少すれば、薬物乱用など子供に悪い影響を与えたり、子供を危険にさらす行動も抑制されるだろう。炎天下で窓を締め切った車に子供を放置したら大変だ。

■攻撃性を減らすため──子育てを手伝うかどうか以前の問題として、子供を殺したり妊娠中の妻を殴っては元も子もない。

3)「父親になると浮気しにくくなる」

 英デイリー・メール紙はこう解釈したが、これまた今回の研究では浮気調査は一切行われていないし、論文にもそんなことは書かれてない。

4)「父親になると性欲が減退し、子供に集中できるようになる」

 英ミラー紙はこう書いたが、でたらめだ。テストステロン量と性欲は関係するという説もあるが、常に正比例するというわけではない。「この程度の減少で性欲に影響があるかどうかは明らかではない」と、論文の執筆者は通信社ブルームバーグの取材に対して答えている。第一、父親になってテストステロンが減少しても、もう子供をつくれなくなるわけではない。

 テストステロンはさまざまな要素と絡み合っている。子供が生まれた後にその量が減っても、それはただ父親になるという環境の変化に適応するのを助けているだけなのかもしれない。テストステロンの減少がなぜどのように起こるのか、研究は始まったばかりだ。

 男性が昔より育児に前向きになったのはテストステロンの減少というより、経済や文化の変化と関係しているだろう。女性の社会的地位の向上に、共働き夫婦の増加。当然のごとく、男性にも家事の負担が求められ、浮気も容認されにくくなった。

 こうした社会の変化に伴い、より家庭的で平等主義的な「男らしさ」の定義が求められている。今回の研究結果も、そんな新定義の普及に利用されたといえそうだ。

© 2011 WashingtonPost.Newsweek Interactive Co. LLC

[2011年11月 2日号掲載]

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

プーチン氏「欧州と戦争望まず」、戦う準備は完了

ビジネス

ユーロ圏インフレは目標付近で推移、米関税で物価上昇

ワールド

ウクライナのNATO加盟、現時点で合意なし=ルッテ

ワールド

紛争終結の可能性高まる、容易な決断なし=ゼレンスキ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    大気質指数200超え!テヘランのスモッグは「殺人レベル」、最悪の環境危機の原因とは?
  • 2
    トランプ支持率がさらに低迷、保守地盤でも民主党が猛追
  • 3
    海底ケーブルを守れ──NATOが導入する新型水中ドローン「グレイシャーク」とは
  • 4
    若者から中高年まで ── 韓国を襲う「自殺の連鎖」が止…
  • 5
    「世界一幸せな国」フィンランドの今...ノキアの携帯…
  • 6
    もう無茶苦茶...トランプ政権下で行われた「シャーロ…
  • 7
    【香港高層ビル火災】脱出は至難の技、避難経路を階…
  • 8
    22歳女教師、13歳の生徒に「わいせつコンテンツ」送…
  • 9
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙す…
  • 10
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 1
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 2
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファール勢ぞろい ウクライナ空軍は戦闘機の「見本市」状態
  • 3
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 4
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体…
  • 5
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果の…
  • 6
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 7
    128人死亡、200人以上行方不明...香港最悪の火災現場…
  • 8
    【寝耳に水】ヘンリー王子&メーガン妃が「大焦り」…
  • 9
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 10
    子どもより高齢者を優遇する政府...世代間格差は5倍…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 4
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 8
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 9
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中