最新記事

社会革命

イギリス、今さら暴動のなぜ

若年層の失業も貧困も長年存在していたのに民衆の不満がこの期に及んで爆発した本当の理由とは

2011年9月16日(金)14時44分
サスキア・サッセン(米コロンビア大学社会学教授)

厳戒態勢 暴動の「震源」となったロンドン北部トッテナムの放火された建物の前に立つ警官(8月8日) Peter Macdiarmid/Getty Images

「街頭闘争」は現代の歴史の一部だ。アラブ世界の民衆が反体制運動に立ち上がり、中国の都市ではほぼ日常的に抗議活動が繰り広げられ、中南米の貧困層は鍋やフライパンを手にデモをしている。これらはいずれも社会的・政治的主張を訴えるための手段だ。

 最近ではイスラエルの都市テルアビブでも、20万人規模の前代未聞のデモが行われた。彼らが求めているのは政権打倒ではなく、住宅や仕事。市の中心部には活動家が集うテント村が出現したが、その「住人」の大半が困窮する中流層というのも前例のない事態だ。

 スペインの首都マドリードでは、雇用や社会福祉の現状に怒る市民が平和的なデモを続けている。その一部は現在、EU本部があるベルギーのブリュッセルへ向けて1300キロの道のりをデモ行進中だ。こうした運動は指導層に自分たちの声を届けることを目指しており、単なる抗議が目的ではない。

 先頃イギリスで勃発した暴動も社会的主張の一形態だ。暴動の中心となったのは、都市部で最も不利な立場にある住民だった。彼らにとって集団での暴力行為は、指導層に耳を傾けさせるための数少ない手段の1つだ。

 今回の暴動は多くの点で、60〜70年代にアメリカの各都市のスラム地区で起きた暴動と似ている。スラムの住民が短期間に起こした激しい暴力の嵐は地区の中だけで吹き荒れ、最大の犠牲者となったのはスラム地区そのものだった。暴動が指導層の注意を引くこともなかった。指導層にとってスラムの住民は遠い存在であり、その政治的主張は理解不能だった。

絡み合った3つの要因

 だが都市を襲う暴力は指導層にインパクトを与える。この手の暴力行為はこれまで、特に欧米社会の大都市に住む貧しい住民にとって最後の手段だった。フランスの犯罪学者ソフィー・ボディジャンドロが、05年と07年にパリ郊外で起きた暴動の研究で指摘するように、それは彼らなりの「政治的演説」だ。

 暴動とは、特定の要因が絡み合い、頂点に達した民衆の不満が街頭での実力行使へと変容したものだ。イギリスでは、3つの大きな要因が重なった結果、ロンドンやバーミンガム、リバプール、ブリストルで暴動が起きた。

 今回の暴動の第1の要因は、街頭が正式な政治的手段を持たない者のための抗議の場だと民衆が認識したことにある。05年と07年に移民などが多く住むパリ郊外の低所得層地域で起きた事件や、60年代と70年代半ばにアメリカで発生した暴動の背景にもこうした意識があった。

 この手の街頭行動の特徴は警察との衝突や、暴徒が暮らす貧困地区での放火や財産の破壊にある。80年代末、共産党政権の崩壊につながった東欧各国での平和的デモとは異質のものだ。エジプトのムバラク政権を倒した抗議活動とも異なる。あのとき、首都カイロの民衆は当局側に対しても、さまざまな民族的・宗教的背景を持つ人々が集う反体制派内部においても、平和的手段を貫くことを目指していた。

 第2の要因は、都市部の貧困層が最も打撃を受ける経済的損失があったことだ。失業で彼らの収入は途絶え、各種の社会保障が打ち切られ、政府の支援による貧困地区での社会・文化活動も中止されている。
暴動の原因としてはるかに大きな意味を持つのは、警官による黒人男性の射殺事件ではなく、こうした事実のほうだろう。実際、男性の遺族や地元住民は平和的な抗議活動をするつもりでいた。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米中貿易枠組み合意、軍事用レアアース問題が未解決=

ワールド

独仏英、イランに核開発巡る協議を提案 中東の緊張緩

ワールド

イスラエルとイランの応酬続く、トランプ氏「紛争終結

ワールド

英、中東に戦闘機を移動 地域の安全保障支援へ=スタ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:非婚化する世界
特集:非婚化する世界
2025年6月17日号(6/10発売)

非婚化・少子化の波がアメリカもヨーロッパも襲う。世界の経済や社会福祉、医療はどうなる?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 2
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波でパニック...中国の輸出規制が直撃する「グローバル自動車産業」
  • 3
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生きる力」が生んだ「現代医学の奇跡」とは?
  • 4
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 5
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されず…
  • 6
    構想40年「コッポラの暴走」と話題沸騰...映画『メガ…
  • 7
    逃げて!背後に写り込む「捕食者の目」...可愛いウサ…
  • 8
    「結婚は人生の終着点」...欧米にも広がる非婚化の波…
  • 9
    4年間SNSをやめて気づいた「心を失う人」と「回復で…
  • 10
    メーガン妃の「下品なダンス」炎上で「王室イメージ…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタらが乗ったガザ支援船をイスラエルが拿捕
  • 4
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 5
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 6
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 7
    ふわふわの「白カビ」に覆われたイチゴを食べても、…
  • 8
    脳も体も若返る! 医師が教える「老後を元気に生きる…
  • 9
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 10
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 1
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 2
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 3
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 9
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中