最新記事

対テロ戦争

パキスタンは裏切り者か、無能なだけか

2011年5月10日(火)17時09分
HDS・グリーンウェイ

 パキスタンは08年末、ムンバイ同時多発テロを企てたイスラム過激派組織「ラシュカトレイバ」のカシミール地方の拠点を急襲し、首謀者らを拘束した。この一件が、ビンラディン殺害計画をめぐる謎を解明する手がかりになるかもしれない。

 パキスタンの立場に立てば、印パが領有権を争うカシミール地方を拠点とするラシュカトレイバの襲撃は、インドとの戦闘を引き起こしかねず、何のメリットもなかった。それでも、襲撃作戦は実行された。おそらくパキスタン上層部の知らないうちに、当局の誰かの支援を受けて。

 ラシュカトレイバの活動は当初、カシミール地方に限られており、インド国内のホテルを狙った無差別テロを起こすような組織ではなかった。だが、ひとたびパンドラの箱が開けられると、中から出てきた怪物をコントロールするのは不可能だった。 

 想像してほしい。ソ連の支援を受けた中米の共産主義勢力に対抗するため、アメリカはニカラグアで右派武装勢力「コントラ」を組織した。だが、もしもコントラがソ連国内のホテルを狙ったテロ攻撃を仕掛けていたら、米ソ戦争のリスクは著しく高まっただろう。

 リスクが現実になったケースもある。かつて、ソ連のアフガン侵攻を阻止するためにアメリカが支援した勢力こそ、アメリカにとって最大の敵アルカイダの生みの親だ。

アフガン戦争の命運はパキスタンの手に

 さらに気がかりな疑問もある。パキスタンの情報機関内部にビンラディンの信奉者がいて、自分の上司やアメリカ側に知られないようにビンラディンの安全を図っていたのではないかという謎だ。

 実際、パキスタンのムシャラフ首相の暗殺未遂のいくつかは、内部の犯行と見られている。インドのインディラ・ガンジー首相も、自らのボディガードに殺害された。

 どうやらパキスタンには、アメリカに協力的な勢力が存在するのと同時に、アメリカの国益を損なおうとする勢力がいると言えそうだ。ジョージ・W・ブッシュ前米大統領は「我々の側につくか、テロリストの側につくか」という二者択一を迫った。だが、そんな二元論はアメリカでは現実的でなかったし、パキスタンにも決して当てはまらないだろう。

 米パ関係は、ブッシュ的な単純化された図式とは程遠い複雑さを秘めている。アメリカは、パキスタンの言動に「二重基準」があると批判しがちだ。パキスタン国内のタリバンと戦う一方でアフガニスタンで米兵を殺すタリバンの一派を匿っている、と。だが両国が直面しているゲームは、「二重」という言葉ではとても言い表せないほど複層的に入り組んでいる。

 パキスタンへの支援の削減を求めるアメリカの政治家は、アフガニスタン駐留米軍への物資の8割がパキスタンのカラチ経由で供給されていることを忘れているのではないか。昨年秋にパキスタンが国境のカイバル峠を封鎖し、国内での米軍の軍事行動に抗議の意思を示した際には、ペシャワルに向かう道沿いに焼き討ちにあったタンクローリーが多数捨てられていた。そこに積まれた石油はアフガニスタンの米軍に供給されるはずだったもの。つまり、パキスタンはその気になれば、米軍のアフガニスタン戦争への供給ルートを遮断することができる。

 ビンラディンをめぐって今も続く不吉な物語には、欧米とイスラム社会の断絶を象徴する教訓が含まれている。ビンラディンが逃亡を続けた10年近い歳月の間に、情報提供者への懸賞金は果てしなく吊り上げられた。なのに、世界一のお尋ね者の居場所を密告した者は誰一人としていなかった。

GlobalPost.com特約

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ハマス代表団、停戦協議でカイロへ 米・イスラエル首

ビジネス

マスク氏が訪中、テスラ自動運転機能導入へ当局者と協

ワールド

バイデン氏「6歳児と戦っている」、大統領選巡りトラ

ワールド

焦点:認知症薬レカネマブ、米で普及進まず 医師に「
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 3

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われた、史上初の「ドッグファイト」動画を米軍が公開

  • 4

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 5

    目の前の子の「お尻」に...! 真剣なバレエの練習中…

  • 6

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 7

    美女モデルの人魚姫風「貝殻ドレス」、お腹の部分に…

  • 8

    19世紀イタリア、全世界を巻き込んだ論争『エドガル…

  • 9

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 10

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 6

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 7

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 8

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 9

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 10

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 4

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 5

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中