最新記事

ロシア

再び火を噴く「カフカス内戦」

カネと強権で支配するプーチン体制のうみが地方で噴き出している

2010年3月30日(火)11時56分
オーエン・マシューズ(モスクワ支局長)

 ウラジーミル・プーチン首相がカフカス地方に平和をもたらすと約束してロシアの最高権力者になったのは00年のこと。それから10年近くが過ぎた今、再びカフカスが炎上している。相次ぐ自爆テロや警察・政府当局者に対する襲撃で、過去3カ月間に400人以上が死亡した。

 一連の殺戮は分離独立派による仕業ではない。地元勢力同士が血で血を洗う報復を繰り返し、ロシア政府が指名した地元の支配者がそれを抑え切れていないのだ。

 ロシア政府は、一部の民族勢力の有力者に肩入れして武器を供給したり、現地の警察に全権を委ねたりしてきた。それが新しい紛争の引き金を引いたことは間違いない。当局と、当局が敵視するあらゆる勢力との間で暴力の連鎖が生まれている。

 イングーシ、ダゲスタン、チェチェンの各共和国では「治安当局と民衆の間で本格的な内戦が起きている」と、人権団体モスクワヘルシンキグループのリュージミラ・アレクセーエワ代表は言う。

 この事態は90年代のチェチェン紛争と悲しいくらい似ている。第1次・第2次チェチェン紛争はボリス・エリツィン政権下の時代精神が最も極端に表れたものだ。当時は民族勢力の分離独立志向が高まり、中央政府の支配力が弱まり、地方で新興財閥が台頭していた。

暗殺未遂は警察の仕業?

 今回の惨劇は、プーチン時代の精神が最も極端に表れたものといえる。強欲な資本主義の下、強大な国家が利権と石油マネーの分配を通じて支配し、邪魔者は警察の力で排除する。ロシア中でそんな事態が起きているが、特にカフカス地方では暴力が激しい。モスクワの支配層に近い民族や部族に権力が集中しているためだ。

 例えばダゲスタン(スイスと同じくらいの面積)では、支配層のアバール人に対してクミク人などが対抗している。かつてこの地域で闘争目的となった分離独立の大義は、あまり重視されない。

 チェチェンでも、元反政府勢力が戦う理由は独立ではない。プーチンが秩序徹底のために利用した武装勢力出身のラムザン・カディロフ大統領に復讐するのが目的だ。

 イングーシでは小規模なイスラム過激派グループが、警察の残虐行為を主な口実に人材を集めている。だが暴力の激化が、どこまでこの武装勢力のせいなのかははっきりしない。

 6月にイングーシで起きたユヌスベク・エフクロフ大統領の暗殺未遂事件は、現地の複雑な事情を物語る。昨年、ロシアのドミトリー・メドベージェフ大統領の指名で政権を握ったエフクロフは、政治腐敗と暴力を抑える上で2つの敵に直面した。一方はイスラム過激派。もう一方は地元の警察とロシア連邦保安局(FSB)のメンバーで、彼らは拉致、用心棒、石油取引など、金になる犯罪行為を隠すために現地で恐怖体制を敷いていた。

 エフクロフの命を狙ったのは反政府勢力だとされた。だがイングーシ政府とロシア議会上院の情報筋によると(2人とも報復を恐れて匿名を希望)、本当の犯人はビジネス上の利益を守ろうとした警察関係者だという。

 ロシア全土が同様の混乱に陥る瀬戸際にあるわけではない。しかしカフカス情勢は、安定したプーチン時代という神話の偽りを暴くものだ。政府と警察機関に巣くう諸問題はロシア全土に共通している。公的機関の縁故主義、横領、腐敗、暴力は世の中に貧困と怒りを生み出す。

ロシアの統治危機を象徴

 人権擁護団体メモリアルのアレクサンドル・チェルカソフは、チェチェンの治安当局は「ほぼ完全に犯罪者集団と化し」ロシア政府もそれを統制できなくなったと言う(メモリアルのチェチェン代表ナタリヤ・エステミロワは、7月に首都グロズヌイで拉致・殺害された)。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

鉄鋼関税、2倍の50%に引き上げへ トランプ米大統

ワールド

トランプ米大統領、日鉄とUSスチールの「パートナー

ワールド

マスク氏、政府職を離れても「トランプ氏の側近」 退

ビジネス

米国株式市場=S&P500ほぼ横ばい、月間では23
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:岐路に立つアメリカ経済
特集:岐路に立つアメリカ経済
2025年6月 3日号(5/27発売)

関税で「メイド・イン・アメリカ」復活を図るトランプ。アメリカの製造業と投資、雇用はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「MiG-29戦闘機」の空爆が、ロシア国内「重要施設」を吹き飛ばす瞬間
  • 2
    「ウクライナにもっと武器を」――「正気を失った」プーチンに、米共和党幹部やMAGA派にも対ロ強硬論が台頭
  • 3
    イーロン・マスクがトランプ政権を離脱...「正直に言ってがっかりした」
  • 4
    3分ほどで死刑囚の胸が激しく上下し始め...日本人が…
  • 5
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 6
    【クイズ】生活に欠かせない「アルミニウム」...世界…
  • 7
    「これは拷問」「クマ用の回転寿司」...ローラーコー…
  • 8
    ワニにかまれた直後、警官に射殺された男性...現場と…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「ダイヤモンド」の生産量が多…
  • 10
    今や全国の私大の6割が定員割れに......「大学倒産」…
  • 1
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「MiG-29戦闘機」の空爆が、ロシア国内「重要施設」を吹き飛ばす瞬間
  • 2
    今や全国の私大の6割が定員割れに......「大学倒産」時代の厳しすぎる現実
  • 3
    【クイズ】世界で最も「ダイヤモンド」の生産量が多い国はどこ?
  • 4
    「ウクライナにもっと武器を」――「正気を失った」プ…
  • 5
    アメリカよりもヨーロッパ...「氷の島」グリーンラン…
  • 6
    デンゼル・ワシントンを激怒させたカメラマンの「非…
  • 7
    「ディズニーパーク内に住みたい」の夢が叶う?...「…
  • 8
    友達と疎遠になったあなたへ...見直したい「大人の友…
  • 9
    ヘビがネコに襲い掛かり「嚙みついた瞬間」を撮影...…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
  • 1
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 2
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 3
    脂肪は自宅で燃やせる...理学療法士が勧める「3つの運動」とは?
  • 4
    「2025年7月5日に隕石落下で大災害」は本当にあり得…
  • 5
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 6
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
  • 7
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 8
    【クイズ】世界で2番目に「軍事費」が高い国は?...1…
  • 9
    部下に助言した時、返事が「分かりました」なら失敗…
  • 10
    今や全国の私大の6割が定員割れに......「大学倒産」…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中