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大統領

韓国を世界に売り込む男

2010年3月17日(水)15時33分
李炳宗(ソウル支局)

牛肉輸入で窮地に追い込まれても

 いま李は大統領として、清渓川とは比べ物にならないほど壮大なプロジェクトの実施を目指している。環境保護主義者と野党議員の反対をねじ伏せ、莫大な資金を投じて韓国の4大河川の再整備を行うというのだ。このプロジェクトによって雇用が創出され、観光業と商業が潤うので地域経済の発展に役立つと、李は考えている。

 08年2月に大統領に就任した李は、同年4月に米国産牛肉の輸入制限措置を段階的に撤廃すると決めたことで支持率が急落。だが韓国を多くの途上国から手本にされるような国にするというビジョンが国民の間に浸透するにつれ、支持率は50%強に上昇している。

 経済危機をうまく乗り切ったことも人気回復に役立った。

 当初、韓国は他の国と同様に激しく打ちのめされた。通貨ウォンは危機の最初の3カ月で30%も下落。株価は半分に下がり、外国人投資家が逃げ出した。

 だが多くの他の先進国とは異なり、韓国は比較的最近、深刻な経済危機に見舞われたことがあった。97年秋に始まったアジア通貨危機だ。今の指導層には、その際の経済問題に対処した経験を持つ人が多い。彼らは危機を乗り越える方法を心得ていた。李政権は窮地に陥った銀行と企業を救うため、2000億ドル規模の緊急援助を実施する態勢を急いで整えた。

 韓国は外貨準備の減少を食い止めるためにアメリカなど経済大国と通貨スワップ協定を締結。2500億ドル相当の国家予算の65%を09年前半につぎ込み、公共事業の前倒しで経済に活を入れた。

 雇用確保を重視する政策のおかげで消費者心理はそれほど落ち込まずに済んだ。韓国銀行は5.25%だった政策金利を段階的に2%にまで引き下げ、金利は過去最低水準になった。

貿易黒字で初めて日本を抜く

 バラク・オバマ米大統領や中国の胡錦濤(フー・チンタオ)国家主席ら多くの指導者が保護貿易主義の誘惑に駆られる一方で、李は自由貿易を推進するという方針を堅持している。

 コンサルティング会社ユーラシアグループのアナリストであるエイブラハム・キムによると、韓国はアメリカやEU(欧州連合)と自由貿易協定を締結(批准はまだ)、ペルーやオーストラリアなどとも交渉を進めている。

 李は09年に米ピッツバーグで行われたG20サミットで、10年11月に行われるサミット開催地にソウルが選ばれるよう、積極的にロビー活動を展開した。

「李は今回の経済危機を機に、世界で韓国の評価を高め、先進工業国としての地位を確立しようとしている」とキムは言う。「ナショナリズムを思わせる面もあるが、より重要なのは韓国が日本と中国の影響下から抜け出そうとしていることだ。韓国は長期にわたる競争に勝ち残るために、適切なポジションを見つける必要がある」

 今回の危機によるダメージが比較的小さかったのは、金融業に対する韓国経済の依存度があまり高くなかったためでもある。

 韓国政府は長年、世界市場でライバルと競り合える企業の育成に巨額の資金を投じてきた。現代やサムスン、LGといった財閥系の輸出企業の成長の背景にはこうした事情があった。

 金融危機の影響が広まってウォンが安くなると、これらの輸出企業は世界市場で日本など先進国のライバル企業を押しのけてシェアを拡大。その結果、韓国の貿易黒字は09年に400億ドルを突破した。過去最高の黒字額になり、初めて日本を追い抜いた。

 アジア通貨危機をきっかけに、企業や銀行がコーポレート・ガバナンス(企業統治)の改善や財務状態の健全化、研究開発の推進に努めたことも競争力の基礎固めに役立った。「10年前に取った危機対応策は今でも通用する」と企画財政省の許京旭(ホ・ギョンウク)第1次官は語る。 

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