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タイ首相「内戦は起きない」

今もタクシン元首相の「亡霊」と戦うアピシット首相が、国内情勢安定と経済浮上の秘策を語る

2010年3月15日(月)13時59分

 タイでは大衆迎合的な政策で物議を醸すことも多かったタクシン・シナワットが06年に無血クーデターで首相の座を追われ、後任の首相2人は憲法裁判所の判決で失職。08年12月にアピシット・ウェチャチワがタイ首相に就任したが、今もタクシン派との小競り合いが続いている。先日の世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)に出席していたアピシットに本誌ラリー・ウェーマスが聞いた。

――タクシンが失脚して3年以上になるが、今も国民から支持を集めているのはなぜだと思うか。

 彼は6年間政権を握り、大半のメディアを牛耳っていた。在任期間が景気拡大の時期と重なっていたことも幸いした。私の政権は、この1年間で国民のニーズに少なくともタクシンと同じくらいには応える姿勢を示してきた。ただし私たちの場合は、権力を乱用したり抵抗勢力を威圧することなく、民主主義の精神を守りながら進めている。タクシン支持者のなかには、クーデターに不満を抱いている者も当然いるだろう。

――選挙を行う予定は?

 任期満了まであと2年残されているし、タイ経済は安定してきたが、国民の同意の下で立法作業を進める必要があるのは確かだ。それでも、抵抗勢力が不正を働こうと画策するなかで選挙を実施するのは考えものだ。彼らは脅迫や暴力に訴えようとしている。とても民主的とは思えない。

――アメリカの専門家たちは、国王が退位したらタイで内戦が起こるのではないかと懸念している。

 今の路線を貫けばそうはならない。内戦が起こるとしたら、私たちが暴力に屈して法外な要求をのんでしまうときだろう。それは結局、さらなる暴力を招くだけだ。

――タイ以外のアジア諸国はタイより先に不況を脱している。どこに原因があると思うか。

 現在のタイの失業率はアジアで最低レベルだ。09年の最終的な経済成長率はマイナス2.8%だったが、今年これまでの成長率は4.5%。12月には外国人旅行者数が160万人の記録に達した。今年は輸出が14%増加する見通しだ。次の段階では、景気刺激策を終える道筋を考えなければならない。今年中は刺激策を続ける必要があるが、その間にも民間投資が上向くのを期待している。

――金融危機の余波でアジアにおけるアメリカの役割は縮小されるだろうか。

 経済的には、バランスを取り戻す必要がある。つまり、アメリカの消費者がアジアの商品を買う能力に応じて私たちの経済が成長する、という依存の度合いを縮小していかなければならない。そのためには、アジアや新興経済国へとシフトしていくことが必要だ。

――要するに国内市場を重視するのか、国外市場重視なのか。

 重視するのはアジア市場だ。とはいっても、東南アジアとの協力体制を再び強化するというオバマ政権の決断は大歓迎だが。

――オバマの印象は?

 アジアに関与したいという考えや多国間外交を重んじる姿勢、包容力ある政治スタイルにはとても好印象を持った。

――中国をどう捉えているか。脅威か、それとも同盟国か。

 中国は長年、タイに巨大な市場と成長の源を提供してくれた。今後もそれ以上のことをしてくれるだろう。中国は今も大きな可能性を秘めている。

――中国の刺激策はよく的を絞り、功を奏しているように思える。

 確かに。内需に的を絞っているのがうまくいっているようだ。

――中国は国内市場の成長に注力しているということか。

 中国で消費や(中国国民の)購買力の潜在的な可能性が開花すれば、グローバル経済への利点も大きいと思う。そうでないとバランスは取り戻せないだろう。

――つまり、タイで実現したように中国でも中流層を成長させなければいけないということか。

 それには時間がかかる。間違いなく中国にとって次の課題になるのは、中流層が成長したときに、経済だけでなくさまざまな分野でさらなる自由化に対応しなければならなくなることだ。

――中国は今後10年で、米ドルの代わりにアジア共通通貨か人民元を主要通貨とするようになるか。

 中国は今、人民元によって域内貿易を促進しようとしている。だが人民元が完全な国際通貨になるには兌換性が必要だ。アジア共通の通貨を発行するには各国が金融政策を調整する必要があるが、まだそこまで到達していない。特定の通貨ができるかはともかく、貿易において米ドルに代わる通貨への転換が起こるかもしれない。

――アメリカの赤字が拡大していることについてどう思うか。

 膨大な額だ。まずバランスを取り戻すこと。そうすればより強固に成長を持続できる。    

[2010年2月10日号掲載]

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