最新記事

ヨーロッパ

ドイツはギリシャの財布じゃない

2010年3月10日(水)16時28分
アン・アップルボム

第二次大戦の借りはもう返した

 ではなぜドイツ人は突然、ギリシャ人への不満を口にし始めたのか。その答えは明らかに、タイミングの悪さと関係がある。ドイツは今も事実上、不況に苦しんでいる。失業率は比較的高く、連立与党は歳出削減を誓っている。つまりドイツ人は長い間で初めて、自分たちの収入や年金、学校を含めた公的機関の今後に危機感を募らせているのだ。

 よりによって経済がこんなときに、他人を救済する――それも自分たちより若い年齢で年金をもらえるような人々を救済するなんていやだとドイツ人が感じたとしても、彼らを責めることはできないだろう。

 もう一つの答えは、前述のギリシャ副首相のナチス発言と関係がありそうだ。1950年代にEUの原型となる共同体が創設されたが、その原動力となったのは第二次大戦に対してドイツが抱いていた罪悪感だ。他の国々の動機はさまざまだったにしろ、ドイツからみればヨーロッパの経済・政治共同体を作るということは、ドイツという国家の特異な歴史を葬り去り、もっと大きくて望ましい形へ生まれ変わることを意味した。

 やがて新たな意義も加わった。アメリカに対抗し、ヨーロッパの統一市場を作り出すべく導入された統一通貨ユーロだ(まさに今、ギリシャの財政危機によってその地位が揺らいでいる通貨だが)。

 しかし各国が経済的な必要性より政治的思惑を重視するようになり、さらにドイツが国家主権を犠牲にするという初心を忘れることになれば、EUやユーロは危機に瀕することだろう。

 だからこそ、ギリシャ救済に対してドイツ人が怒りを爆発させているという事実は見過ごせない。結局のところ、今のドイツは戦争を経験していない人々が動かしている。そこで議論に上る歴史問題といえば、戦時中の爆撃や戦後の国外退去処分に苦しんだドイツ人に焦点が当てられる。ドイツの行いで被害を受けたギリシャや他国の人々は議論の対象にならない。

 ドイツ人は遅かれ早かれ、もう十分に犠牲は払ったしヨーロッパへの借りは返したという結論を出すだろう。美しい島々や豊かな年金に恵まれた不遜なギリシャのおかげで、ドイツがそんな決断を下す日は思ったよりも早く訪れそうだ。

*Slate特約
http://www.slate.com/

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

政府・日銀、景気認識に「齟齬はない」=片山財務相

ワールド

ブラジル経済活動指数、10月は前月比0.2%低下 

ビジネス

S&P500の来年末目標は7700、AIが依然主要

ワールド

メキシコ、米国産豚肉を反ダンピング・反補助金調査
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連疾患に挑む新アプローチ
  • 4
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 5
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 6
    アダルトコンテンツ制作の疑い...英女性がインドネシ…
  • 7
    「なぜ便器に?」62歳の女性が真夜中のトイレで見つ…
  • 8
    「職場での閲覧には注意」一糸まとわぬ姿で鼠蹊部(…
  • 9
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 10
    現役・東大院生! 中国出身の芸人「いぜん」は、なぜ…
  • 1
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 2
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 3
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の脅威」と明記
  • 4
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 5
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 6
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 7
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 8
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 9
    人手不足で広がり始めた、非正規から正規雇用へのキ…
  • 10
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 5
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 6
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 7
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 10
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中