最新記事

イラン

民衆の怒りと血で染まったテヘラン

ムサビ支持者による穏健な抗議デモが過激化するまでの一部始終

2009年6月16日(火)16時48分
マジアル・バハリ(テヘラン支局)

混乱は続く 抗議デモの中心で選挙無効を訴えるムサビ元大統領(6月15日) Reuters

 抗議デモは、こんな風に終わるはずではなかった。だが、結局はイランの首都テヘランで血が流れた──。

 これほどの群集が街頭に集まるのを最後に見たのは1978年11月、私が11歳のとき以来だ。イラン革命前年の当時、シャー(イラン皇帝)に反する抗議デモに300万人が参加したと報じられた。

 16日、少なくともその半数の人々が当時と同じ革命広場から自由広場までをデモ行進した。「私たちの革命から自由までの道のりが長いという意味をこめて、この経路を選んだ」と、54歳の大学職員であるアーマッドは言う(フルネームは教えてくれなかった)。

 彼は1979年のイラン革命の行進にも参加している。「当時と今の状況は似ている。私たちにははっきりとした目的があるからだ。当時はシャーを退陣させたかった。今は私たちの票を奪ったあのい『小さい男』が退陣し、民意を受けることを求めている」

 「小さい男」とはマフムード・アハマディネジャド大統領のことだ。彼の再選に抗議し、大統領選挙で敗れたミルホセイン・ムサビ元首相への支持を示すために何十万もの人々が街頭に集まった。デモ参加者は政府による街頭デモの禁止命令を無視した。


穏やかな抗議デモが一転......

 朝から、デモ行進が始まった夕方4時まで、政府系ラジオ局とテレビ局は「内務省は今日のデモにいかなる許可も出していない」と放送し、「法律に背くものは罰せられるだろう」と伝えた。前日と前々日同様、参加者は暴力を受けるか、銃撃されることを覚悟していた。

 私はデモの様子を撮影した。はじめは撮られることに躊躇し、情報部員ではなく記者であることを確かめるために記者証の提示を求めた彼らだったが、デモ参加者が増えるにつれ、リラックスし、カメラの前でポーズをとるほどだった。

 群集が落ち着いていた理由は、静けさだった。今日のデモは、ムサビ支持者が名づけた「選挙クーデター」に反対するものだった。参加者は手をたたいたり、過去数日のデモでムサビ支持者が叫んだ「神は偉大なり」というかけ声すらも控えるよう、おのおの声をかけ合った。

 15日の朝までデモ参加者を激しく殴っていた警官や治安部隊のそばを通るとき、デモ隊は彼らに微笑みかけたり花を手渡したりした。軍のヘリコプターがデモ隊の上を飛行した際には、デモ参加者は上空に向かって手を振り、Vサインを送った。

 今日のデモはこんな感じで行われていた。

 それでも、デモ隊が革命防衛隊傘下の民兵組織バシジの事務所を通りかかるときには緊張感が走った。「ここ数日間、バシジの民兵は、私たちの自宅周辺に侵入して暴力へと駆り立てた」とデモ参加者のエマッド(フルネームは教えなかった)は言う。「やつらは近所の店の窓を叩き割った。店主がその1人を捕まえてみると、バシジのメンバーだとわかった」

 バシジはもとも国家の安全を守る兵力として集められた志願兵で、国外の敵と戦ってきた。ムサビ自身が「バシジのメンバーであることを誇りに思う」と語ったのは有名な話だ。しかし最近では、バシジは過激な自警組織と見られている。過去数日、バシジが暴行を行わなかった多くの地区でも、自称メンバーが若いデモ参加者を棒で殴っていた。

 バシジのメンバーは通り過ぎるデモ隊を事務所からカーテン越しに見つめ警戒していた。抗議デモが終わりに近づくにつれ、何人かの参加者が自由広場の北側にあるバシジの事務所の周りに集まった。屋根の上にいたバシジの民兵が空に向かって発砲して威嚇する。

 すると、ある参加者が石を建物に投げ、別の者が続いた。建物内にいる民兵はさらに威嚇発砲を行う。さらに膨れ上がったデモ参加者が建物を攻撃しはじめ、柵を倒し、壁に飛び乗った。バシジは群集に向かって発砲を始めた。


中にはアハマディネジャドの回し者も?

 1人が射殺され、2人が銃撃で負傷をするのを私は目撃した。参加者は怒りは頂点に達した。

「私たちの同志を殺した者は殺し返す」と群集が叫ぶ。すると叫びは、「イスラム共和国に死を」に変わった。今日の抗議デモの目的とは関係のないスローガンだ。「シッ、静かにしろ!スローガンを言い替えろ!神は偉大なり、だ!」とほとんどの群集が叫んだ。「イスラム共和国に死を求めて集まったわけではない」と、ある男性参加者は言った。

 「ムサビを支持するためにここに集まったはずよ」と、別の女性が言う。「イスラム共和国に対する非難を叫ぶ参加者はアハマディネジャド政権の回し者だ。そう叫ばせて、政府は戒厳令をしいて改革を止めさせようとしているんだ」

 「イスラム共和国に死を」と叫ぶデモ参加者をカメラに収めようとしたとき、彼らは私からカメラを奪おうとした。静かに行進するデモ隊の助けによって、私は何とかその場所から逃れることができた。

 ムサビ支持者は翌日も平和的な抗議デモを計画している。17日には全国規模のストライキを行う話もある。この一連のデモによって何が得られるのかを予測するのは、今のところ難しい。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

日銀、金融政策の維持決定 食品高騰で25年度物価見

ビジネス

みずほFG、通期予想を上方修正 市場予想上回る 

ビジネス

三菱電、営業益4─6月期として過去最高 インフラな

ビジネス

中国、エヌビディア「H20」のセキュリティーリスク
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ関税15%の衝撃
特集:トランプ関税15%の衝撃
2025年8月 5日号(7/29発売)

例外的に低い日本への税率は同盟国への配慮か、ディールの罠か

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅で簡単にできる3つのリハビリ法
  • 2
    いま玄関に「最悪の来訪者」が...ドアベルカメラから送られてきた「悪夢の光景」に女性戦慄 「這いずり回る姿に衝撃...」
  • 3
    枕元に響く「不気味な咀嚼音...」飛び起きた女性が目にした「驚きの光景」にSNSでは爆笑と共感の嵐
  • 4
    日本人の児童買春ツアーに外務省が異例の警告
  • 5
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿…
  • 6
    【クイズ】1位は韓国...世界で2番目に「出生率が低い…
  • 7
    一帯に轟く爆発音...空を横切り、ロシア重要施設に突…
  • 8
    M8.8の巨大地震、カムチャツカ沖で発生...1952年以来…
  • 9
    街中に濁流がなだれ込む...30人以上の死者を出した中…
  • 10
    「自衛しなさすぎ...」iPhone利用者は「詐欺に引っか…
  • 1
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅で簡単にできる3つのリハビリ法
  • 2
    幸せホルモン「セロトニン」があなたを変える──4つの習慣で脳が目覚める「セロ活」生活のすすめ
  • 3
    囚人はなぜ筋肉質なのか?...「シックスパック」は夜つくられる
  • 4
    いきなり目の前にヒグマが現れたら、何をすべき? 経…
  • 5
    航空機パイロットはなぜ乗員乗客を道連れに「無理心…
  • 6
    中国が強行する「人類史上最大」ダム建設...生態系や…
  • 7
    「様子がおかしい...」ホテルの窓から見える「不安す…
  • 8
    【クイズ】1位は韓国...世界で2番目に「出生率が低い…
  • 9
    いま玄関に「最悪の来訪者」が...ドアベルカメラから…
  • 10
    タイ・カンボジア国境で続く衝突、両国の「軍事力の…
  • 1
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 2
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が話題に
  • 3
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅で簡単にできる3つのリハビリ法
  • 4
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 5
    幸せホルモン「セロトニン」があなたを変える──4つの…
  • 6
    「細身パンツ」はもう古い...メンズファッションは…
  • 7
    囚人はなぜ筋肉質なのか?...「シックスパック」は夜…
  • 8
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップ…
  • 9
    ロシアの労働人口減少問題は、「お手上げ状態」と人…
  • 10
    いきなり目の前にヒグマが現れたら、何をすべき? 経…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中