最新記事

戦争・紛争

シリアとの対話に勝機あり

2009年4月7日(火)16時14分
リチャード・ハース(外交評議会会長)

ハマス支援の打ち切りも

 イスラエルにとってシリアとの和平は長年の懸案だ。エジプト、ヨルダンとはすでに和平協定を結んでおり、シリアと協定締結にこぎつければ、国境を接する周辺国で「敵対的な国家」はレバノンのみとなる。そうなればハマスやヒズボラやイランなど、安全保障上の他の脅威への対応に集中できる。

 しかもイスラエルにとっては、パレスチナよりシリアとの和平のほうがハードルは低い。ゴラン高原に住むイスラエル人は何十万人単位ではなく数万人だ。パレスチナ自治区のヨルダン川西岸やガザと比べて面積もはるかに小さいし、戦略的重要性はあっても宗教的に重要な土地ではない。

 ゴラン高原をシリアに返還してこの地を非軍事化すれば、イスラエルの安全保障体制は強化されるはずだ。ゴラン高原での不穏な動きは、ハイテクを使った偵察システムで監視できる。

 国際平和維持部隊の駐留が決まれば、シナイ半島に展開する平和維持軍がエジプトとイスラエルの和平を支えているように、シリアからの攻撃を防ぐ役目を果たすだろう。基盤の弱いパレスチナ自治政府と異なり、シリアの指導部は強い権力をもつ。安全保障上の取り決めは守り通せるはずだ。

 イスラエルには譲歩する動機がもう一つある。シリアがパレスチナに及ぼす影響力だ。

 ダマスカスはハマスの拠点であり、シリア政府はハマスを支援している。WTO(世界貿易機関)加盟や経済制裁の解除を望むシリアが、アメリカや穏健派のアラブ諸国との関係正常化のために、ハマスへの支援を手控えるという筋書きもありうる。

オバマの仲介が不可欠に

 いずれにせよ和平実現には、外部からの働きかけが必要だ。トルコはたびたび両国に交渉の場を提供してきたが、トルコだけで交渉を実らせることはむずかしい。アメリカ政府の関与が不可欠だ。

 ブッシュ前政権は長期にわたりシリアを事実上の「悪の枢軸」扱いし、厳しい制裁を科してきた。だがシリアとの対話拒否の姿勢はアサドの政権基盤の切り崩しにはつながらず、アメリカの影響力の低下を招いただけだった。

 シリアのイマド・ムスタファ駐米大使は2月26日、ジェフリー・フェルトマン米国務次官補代理と会談した。これは正しい方向へ向けての第一歩だ。

 シリアとの和平実現は困難だろうが、それなしで中東和平は実現できないだろう。対話は道具であって、ほうびとして与えるものではないというバラク・オバマ米大統領の主張は正しい。今こそ対話という手段を使って、何ができるか試してみるべきだ。

[2009年3月11日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ゼレンスキー氏、ロシアが和平努力拒否なら米に長距離

ビジネス

ナスダックが取引時間延長へ申請、世界的な需要増に照

ビジネス

テスラ、ロボタクシー無人走行試験 株価1年ぶり高値

ワールド

インド、メキシコと貿易協定目指す 来年関税引き上げ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジアの宝石」の終焉
  • 4
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 5
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 6
    アダルトコンテンツ制作の疑い...英女性がインドネシ…
  • 7
    「なぜ便器に?」62歳の女性が真夜中のトイレで見つ…
  • 8
    「職場での閲覧には注意」一糸まとわぬ姿で鼠蹊部(…
  • 9
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 10
    トランプが日中の「喧嘩」に口を挟まないもっともな…
  • 1
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 2
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の脅威」と明記
  • 3
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 4
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 5
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 6
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 7
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 8
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 9
    人手不足で広がり始めた、非正規から正規雇用へのキ…
  • 10
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 5
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 6
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 7
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 10
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中