最新記事

米安全保障

アメリカで再燃した先制攻撃論

先制攻撃も辞さないとする「ブッシュ・ドクトリン」と核を持たせて封じ込める立場の確執が表面化

2013年3月14日(木)15時40分
ピーター・バイナート(政治評論家)

軋轢 ヘーゲル(右)を国防長官に指名したオバマも対イラン攻撃の可能性を表明した Kevin Lamarque-Reuters

 チャック・ヘーゲル元共和党上院議員を米国防長官に起用する人事案が先週、やっと上院で可決された。共和党の反対が強く指名承認は難航したが、いろいろな意味でばかばかしい出来事が多かった。

 今のアメリカにとって、地政学上の最大のライバルは中国。なのに上院軍事委員会の7時間半に及ぶ公聴会で、共和党委員が中国に言及したのは1回だけ。それも、ヘーゲルがイスラエルに批判的な人物と一緒に訪中した、という話の中でだ。

 反対にイスラエルは137回も言及された。委員らがヘーゲルに向かって、「親イスラエルのロビー団体が、上院に過度の影響力を及ぼしている」と言った過去の発言を撤回しろ、と迫ったのもばかばかしい。反同性愛のはずの保守派活動家らが、「同性愛者の権利をもっと大切にしろ」と「同志」ヘーゲルを突き上げたのはまさに茶番だ。

 しかし今回の騒動には、もう1つの重要な問題が潜んでいる。9・11テロ後にブッシュ大統領(当時)が打ち出した、国家安全保障の新戦略「ブッシュ・ドクトリン」をめぐる政策論争だ。

 ブッシュは、冷戦期の対ソ連封じ込め政策や核による抑止戦略ではテロ組織や「ならず者国家」に対応できないとし、必要なら先制攻撃を行うとしていた。02年の演説ではこう述べている。「守るべき国家も国民も抱えていない、実体のよく分からないテロ組織網に対して抑止戦略は無力だ。乱心した独裁者が大量破壊兵器をミサイルに搭載したり、ひそかにテロ組織に提供できるようなとき、封じ込め戦略は不可能だ」

ヘーゲルが唱えた異議

 ブッシュは02年10月、議会で対イラク攻撃容認決議を取り付け、フセイン政権を打倒した。だが間もなく、将来の危険を防ぐための「予防戦争」は思い上がりだったことが判明した。フセイン政権の核兵器開発という戦争の大義が誤りだった上、アメリカはイラクを支配するために巨額の資金を費やし、数千人の米兵の命を犠牲にした。

 しかし民主党は04年、08年の大統領選で、封じ込めと抑止は時代遅れというブッシュの主張に反論しなかった。共和党の圧力などもあってオバマ大統領も結局、イランの核開発を制裁と外交で止められなければ予防戦争を選ぶ、と表明するに至った。

 ここでヘーゲルの問題に戻るが、彼はまさにこのブッシュ・ドクトリンに異議を唱えた。イラク戦争の教訓として、予防戦争は制御不可能で危険なものだと主張したのだ。もちろんヘーゲルも、イランに核武装を許すのがいいとは思っていない。予防戦争を仕掛けるよりは抑止と封じ込めで対抗するほうがましだと示唆しただけだ。

 タカ派は2つの理由で反発した。まず、イランがイスラエルを脅かす不安がある。それにアメリカの限界を認めるわけにはいかない。核拡散を止められないのは国として凋落している証拠と彼らは考える。

 だがアメリカは、唯一の核保有国という地位を失ったときも衰退しなかった。冷戦は核よりも、政治・経済体制に関する争いだったからだ。イランも核兵器の有無はともかく、民衆に自由とチャンスを与えなければ地域の覇権を握れないだろう。中東におけるアメリカの影響力も、財政力と大義次第だ。イランを軍事攻撃すれば、その両方が損なわれる可能性がある。

 ヘーゲルも、公聴会でそれを言ってくれればよかった。指名承認まで散々たたかれた彼は、就任後はさらに口が重くなりそうだ。2期目のオバマ政権もブッシュ・ドクトリンに流されてしまうのだろうか。

[2013年3月12日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

高市首相、中国首相と会話の機会なし G20サミット

ワールド

米の和平案、ウィットコフ氏とクシュナー氏がロ特使と

ワールド

米長官らスイス到着、ウクライナ和平案協議へ 欧州も

ワールド

台湾巡る日本の発言は衝撃的、一線を越えた=中国外相
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やってはいけない「3つの行動」とは?【国際研究チーム】
  • 2
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 3
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネディの孫」の出馬にSNS熱狂、「顔以外も完璧」との声
  • 4
    海外の空港でトイレに入った女性が見た、驚きの「ナ…
  • 5
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 6
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベー…
  • 7
    「裸同然」と批判も...レギンス注意でジム退館処分、…
  • 8
    Spotifyからも削除...「今年の一曲」と大絶賛の楽曲…
  • 9
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 10
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR動画撮影で「大失態」、遺跡を破壊する「衝撃映像」にSNS震撼
  • 4
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 5
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
  • 6
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 7
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 8
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 9
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 10
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 10
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中