最新記事

米軍

オバマの勝利なき「イラク撤退」宣言

大統領は公約どおり米軍戦闘部隊の8月末撤退を確認したが、イラクは「アメリカ人にとって」安全になっただけだ

2010年8月3日(火)18時41分
ダニエル・ストーン(ワシントン支局)

公約達成へ イラク市民の犠牲者はまだ多いが、オバマは治安の改善を強調(8月2日、ジョージア州アトランタ) Jason Reed-Reuters

 あと4週間で、イラクに駐留する米軍のうち最後の戦闘部隊が撤退する。バラク・オバマ米大統領の選挙中の公約である「就任後16カ月以内の戦闘部隊の撤退」を実現しようというわけだ(実際には19カ月たつが、まあ許容範囲だろう)。

 戦闘部隊の撤退後にイラクに残る米軍は、治安維持とイラク治安部隊の訓練とに従事する5万人だけになる。この5万人が11年末に撤退すれば、駐留米軍は完全にいなくなる。

 だが、米軍はイラクから撤退して本当に大丈夫なのだろうか。オバマは8月2日、ジョージア州アトランタで、イラクとアフガニスタンで戦った退役軍人らを前に演説し、イラクでは現在も死者が出続けているが、暴力は大幅に減り、米軍は攻撃をほぼ免れていると述べた。

 確かに、今も米兵が反政府武装勢力の攻撃にさらされているアフガニスタンに比べると、イラクは少しずつ安定してきている。かつてはイラク駐留米軍の任務は治安維持だったが、その任務はイラク軍を補強することに変わった。イラク軍は自力で任務を遂行できるようになったように見える。

「公約どおり、8月31日までにアメリカの戦闘部隊をすべてイラクから撤退させる」とオバマは語った。「われわれが実行していることは約束どおり、スケジュール通りだ」

 それ自体は納得がいく話だし、米軍撤退という結末も悪くない。しかし、勝利を宣言するやり方としてはおかしい。

市民にとってはアフガンより危険

 実際のところ、一般市民にとってイラクはアフガニスタンより危険な場所だ。AP通信がイラク政府から入手した推計によると、7月にイラクで殺された市民は350人。アフガニスタンでの犠牲者はこれより少ない270人だった。

 けがをした市民についても同様で、イラクでは680人、アフガニスタンでは600人と、イラクの方が多い(それぞれの実際の数字はわずかではあるが少ないと、複数の米政府当局者は主張)。イラク政府当局者はAP通信に対し、7月は過去2年間で犠牲者が最も多い月だったと指摘している。

 それでもイラクがアフガニスタンと違うのは、イラクには治安維持の基盤があって、少なくとも再建の段階が一歩進んでいるということだ。イラクの治安維持部隊は暴力を抑えるのに苦労しているが、本誌が報じたアフガニスタン警察の体たらくに比べれば、はるかに成功してきた。

 イラクには、例えばイスラム教シーア派住民が広範囲で攻撃されている北部など、暴力がはびこる地域が残っている。だがオバマ政権の主張の中で最も重要なのは、昨年夏にイラク都市部から米軍が撤退したのに、都市部が混乱状態に陥らなかったということだ。それなら今から1年後に、イラク治安部隊が地方で反政府武装勢力に対抗できるようになっている、と考えるのは妥当だろう。

 イラクが前より安全になったという主張は証明しにくいし、勝利を宣言する方法としてはおかしい。より正確には、イラクは「アメリカ人にとって」安全な場所になったと言うべきだ。米軍の駐留がもはや必要ない理由も、それで理解できる。

 オバマは曖昧な言葉で成功をアピールしたが、それは勝利宣言というより、正当な戦いを続けてくれる「ほかの誰か」の訓練に成功したと宣言したようなものだ。彼らがその戦いに勝てるかどうか、私たちはただ必死で祈るしかない。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ米大統領、日鉄とUSスチールの「パートナー

ワールド

マスク氏、政府職を離れても「トランプ氏の側近」 退

ビジネス

米国株式市場=S&P500ほぼ横ばい、月間では23

ワールド

トランプ氏の核施設破壊発言、「レッドライン越え」=
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:岐路に立つアメリカ経済
特集:岐路に立つアメリカ経済
2025年6月 3日号(5/27発売)

関税で「メイド・イン・アメリカ」復活を図るトランプ。アメリカの製造業と投資、雇用はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「MiG-29戦闘機」の空爆が、ロシア国内「重要施設」を吹き飛ばす瞬間
  • 2
    「ウクライナにもっと武器を」――「正気を失った」プーチンに、米共和党幹部やMAGA派にも対ロ強硬論が台頭
  • 3
    イーロン・マスクがトランプ政権を離脱...「正直に言ってがっかりした」
  • 4
    3分ほどで死刑囚の胸が激しく上下し始め...日本人が…
  • 5
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 6
    【クイズ】生活に欠かせない「アルミニウム」...世界…
  • 7
    「これは拷問」「クマ用の回転寿司」...ローラーコー…
  • 8
    ワニにかまれた直後、警官に射殺された男性...現場と…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「ダイヤモンド」の生産量が多…
  • 10
    今や全国の私大の6割が定員割れに......「大学倒産」…
  • 1
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「MiG-29戦闘機」の空爆が、ロシア国内「重要施設」を吹き飛ばす瞬間
  • 2
    今や全国の私大の6割が定員割れに......「大学倒産」時代の厳しすぎる現実
  • 3
    【クイズ】世界で最も「ダイヤモンド」の生産量が多い国はどこ?
  • 4
    「ウクライナにもっと武器を」――「正気を失った」プ…
  • 5
    アメリカよりもヨーロッパ...「氷の島」グリーンラン…
  • 6
    デンゼル・ワシントンを激怒させたカメラマンの「非…
  • 7
    「ディズニーパーク内に住みたい」の夢が叶う?...「…
  • 8
    友達と疎遠になったあなたへ...見直したい「大人の友…
  • 9
    ヘビがネコに襲い掛かり「嚙みついた瞬間」を撮影...…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
  • 1
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 2
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 3
    脂肪は自宅で燃やせる...理学療法士が勧める「3つの運動」とは?
  • 4
    「2025年7月5日に隕石落下で大災害」は本当にあり得…
  • 5
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 6
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
  • 7
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 8
    【クイズ】世界で2番目に「軍事費」が高い国は?...1…
  • 9
    部下に助言した時、返事が「分かりました」なら失敗…
  • 10
    今や全国の私大の6割が定員割れに......「大学倒産」…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中