最新記事

米社会

オバマ集会も「銃持ち込み可」の物騒な真実

大統領の射程圏内に武器を持ち込んでも合法だから誰も怒らないアメリカ社会の病理

2009年8月19日(水)17時13分
ダニエル・ストーン

 第一報を聞いたときは誰もが驚いた。シークレットサービスの捜査員が先週、バラク・オバマ大統領主催の対話集会で半自動式拳銃を隠し持った男を発見したのだ。「なぜそんなものを持ち込んだのか」と、テレビキャスターのクリス・マシューズは全米ネットワークでこの軽率な男を叱り飛ばした。

 この一件だけなら、呆れた話ですんだだろう。ところが先週末には、アリゾナで開かれたオバマの集会に、ライフル銃を堂々と肩に担いだ男が表れた。しかし全米の反応はと言えば、速報記事数本とネットに流れた動画を除けば、単に欠伸を噛み殺しただけだった。

 あらゆる警戒心や懸念を抑え込んでいるのは、こうした行為が別に違法ではないという事実だ。アリゾナを含む十数州では、武器の所持は完全に合法。心配して抗議した集会参加者にその点を理解させるという骨の折れる職責を担わされた地元警察は、手の打ちようがないとコメントした。

政策への賛否を命で贖わせる危険思想

 実際、銃所有に関する法律は州ごとにばらばらで、批判するどころか事実関係を把握することさえままならない。だがオバマ集会の周辺で行われた反オバマ集会に垣間見える憎悪のスローガンを見れば、ここには銃所有の権利や医療保険の公営化をめぐる政策論争よりはるかに深刻な問題が横たわっていることがわかる。これまで多くの人間が、アメリカ合衆国大統領から数百メートルの距離に弾を込めた銃を持ち込んできたという物騒きわまりない真実だ。

 アメリカの国家元首の暗殺など、いくら仮定の話ではあっても口にするのはおぞましい。06年、ニューヨーク州の政府関係者(民主党員だった)が当時のジョージ・W・ブッシュ大統領に関して愚かにも「眉間に銃を突きつけてやれ」と発言したことがあった。彼は数時間以内に陳謝するはめになり、共和党は彼の辞任を要求した。現職の大統領を死をもって取り除こうなどと提案したことに対するもっともな制裁だ。

 それなのに、誰かが大統領のそばに弾を充填した銃を持ち込むという実際の行動に出たことに関しては、アメリカの反応ははるかに生ぬるく見える。

 大統領を暗殺しようという考えは、党派やイデオロギーを超えて存在する。政策への賛否を大統領の命で贖わせようという危険思想だ。民主的に選ばれた指導者、アメリカの自由と政治制度を象徴する大統領に対する攻撃でもある。大統領の命を脅かす者を例外的な異常者だと見なすのは簡単だ。だが社会が憤慨しなければ、彼らの数は増えるばかりだろう。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

中国、「中央都市工作会議」10年ぶり開催 都市開発

ビジネス

午後3時のドルは147円半ばで上昇一服、米CPI控

ワールド

トランプ氏、プーチン氏に失望表明 「関係は終わって

ビジネス

日産、追浜工場の生産を27年度末に終了 日産自動車
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:AIの6原則
特集:AIの6原則
2025年7月22日号(7/15発売)

加速度的に普及する人工知能に見えた「限界」。仕事・学習で最適化する6つのルールとは?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    真っ赤に染まった夜空...ロシア軍の「ドローン700機」に襲撃されたキーウ、大爆発の瞬間を捉えた「衝撃映像」
  • 2
    「史上最も高価な昼寝」ウィンブルドン屈指の熱戦中にまさかの居眠り...その姿がばっちり撮られた大物セレブとは?
  • 3
    日本より危険な中国の不動産バブル崩壊...目先の成長だけ追い求め「失われた数百年」到来か?
  • 4
    どの学部の卒業生が「最も稼いでいる」のか? 学位別…
  • 5
    エリザベス女王が「うまくいっていない」と心配して…
  • 6
    「お腹が空いていたんだね...」 野良の子ネコの「首…
  • 7
    【クイズ】次のうち、生物学的に「本当に存在する」…
  • 8
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップ…
  • 9
    「このお菓子、子どもに本当に大丈夫?」──食品添加…
  • 10
    千葉県の元市長、「年収3倍」等に惹かれ、国政に打っ…
  • 1
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップを極めれば、筋トレは「ほぼ完成」する
  • 2
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 3
    「お腹が空いていたんだね...」 野良の子ネコの「首」に予想外のものが...救出劇が話題
  • 4
    千葉県の元市長、「年収3倍」等に惹かれ、国政に打っ…
  • 5
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...AP…
  • 6
    どの学部の卒業生が「最も稼いでいる」のか? 学位別…
  • 7
    イギリスの鉄道、東京メトロが運営したらどうなる?
  • 8
    エリザベス女王が「うまくいっていない」と心配して…
  • 9
    完璧な「節約ディズニーランド」...3歳の娘の夢を「…
  • 10
    トランプ関税と財政の無茶ぶりに投資家もうんざり、…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 9
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 10
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中