標的の癌細胞だけを免疫システムが狙い撃ち...進化型AIを駆使した「新たな癌治療」とは?

PIERCING CANCER’S INNER SANCTUM

2024年5月1日(水)10時35分
アダム・ピョーレ(ジャーナリスト)
透明化された人体と電子的なイメージ

YUICHIRO CHINO/GETTY IMAGES

<遺伝子変異やタンパク質の大量データをAIモデルが処理。標的と定めた癌細胞を免疫システムが破壊する>

いい知らせではないと、サーシャ・ロスは思った。大腸とリンパ節に癌を抱え、5週間にわたる放射線治療が始まる予定だった日の2日前、担当医が診療時間外に電話をかけてきて、おまけに「座って聞いてください」と話を切り出したのだ。

ロスはそれまで、初の参加者として、新たな免疫療法薬の臨床試験を受けていた。この薬剤は早期段階の患者の癌細胞に対し、体の自然な免疫反応を解き放ち攻撃する仕組みになっている。

結果は奇跡的だった。参加者の完全寛解率は100%。試験の設計者で、米メモリアル・スローン・ケタリング癌センター(MSKCC)内科部門固形腫瘍科長のルイス・ディアスによれば、癌治療臨床試験の歴史上、おそらく初めてのケースだ。

この結果が示唆するように、新たな治療は(早期に実施されれば)つらい副作用が懸念される従来の化学療法や放射線治療、手術を不要にする見込みがあるだけではない。癌そのものを治す可能性を秘めている。

ロスに電話してきた担当医は、癌がゼロになったと大喜びで告げた。もう放射線治療は全く必要ない、と。

ディアスの臨床試験結果は昨年、医学誌ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディスンに発表され、癌研究者に驚きを与えた。アメリカで年に約61万人が死亡する癌は深刻な問題だ。その苦痛や不安から多くの人を解放する可能性のある新たなアプローチに期待が膨らんだ。

「3次元チェス」をする難敵

ただし、今のところは単なる期待にすぎない。ロスらの場合は成功したが、免疫療法が効くのは患者の5人に1人ほど。どの患者なら効果的か、事前に見極めるすべもない。

当初の楽観ムードは消え去り、最近では癌研究の世界でおなじみの挫折感が再び頭をもたげている。こちらはチェッカーゲームをしているのに、驚異の変異能力を持つ癌は「3次元チェス」をプレーしている──人類と癌の長い戦いで、腫瘍学者はそんな感覚に陥ることが珍しくない。

その意味で、ディアスが行った臨床試験は、実現するかもしれない未来の魅力的な姿を垣間見せてくれる。同時に、そうした未来像を現実にするため医学に何が求められているかも、ありありと教えてくれる。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

FRB利下げ再開は7月、堅調な雇用統計受け市場予測

ビジネス

トランプ氏、FRBに利下げ再要求 米経済は「移行段

ビジネス

米雇用統計、4月予想上回る17.7万人増 失業率4

ワールド

英地方選、ファラージ氏率いる反移民右派が躍進 補選
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    「2025年7月5日に隕石落下で大災害」は本当にあり得る? JAXA宇宙研・藤本正樹所長にとことん聞いてみた
  • 3
    インドとパキスタンの戦力比と核使用の危険度
  • 4
    日々、「幸せを実感する」生活は、実はこんなに簡単…
  • 5
    目を「飛ばす特技」でギネス世界記録に...ウルグアイ…
  • 6
    宇宙からしか見えない日食、NASAの観測衛星が撮影に…
  • 7
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 8
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が…
  • 9
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 10
    金を爆買いする中国のアメリカ離れ
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 5
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 8
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が…
  • 9
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 10
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 9
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 10
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中