セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」と「フリース」に移った日

先に冬を変えたのは、「フリース」だった
「インナー革命」を考えると、つい機能性肌着をイメージしがちだ。けれど、日常の冬服を先に書き換えたのは、肌着よりもフリースだったのではないか。
フリースは、セーターが苦手だったことを、ほぼ全部うまくやってのける。軽い。乾きやすい。縮みにくい。洗濯機で洗える。毛玉はできるが少ない。こうした "扱いやすい"という一点で、セーターの優位を奪っていった。暖かさの総量を競うだけなら、セーターが勝てる日もあるだろう。だが日常の生活は、暖かさだけで回っていない。手間、時間、洗濯、取り回し。そういう小さな現実が、冬の定番を決めてしまう。
そして「フリースが冬の定番」になったとき、セーターは"なくても困らない服"に一歩近づいた。
暖かさは「肌」から──吸湿発熱インナーの登場
2000年代、暖かさの主戦場はさらに内側へ移る。セーターやコートで"空気を溜める"のではなく、肌側の一枚で体温の土台をつくる。吸湿発熱のインナー群が、生活の標準装備として浸透していった。
吸湿発熱の発想自体は、ユニクロ以前から芽が出ていた。スポーツやアウトドアの世界では、汗と冷えの問題が切実だからだ。体を動かすほど汗をかき、止まった瞬間に冷える。その落差を埋めるため、肌着の機能が磨かれていく。ミズノの「ブレスサーモ」が、90年代後半からアウトドア用アンダーウエアとして展開されてきたことは象徴的だ。
ただし「技術がある」ことと「街の標準装備になる」ことの間には距離がある。ここで強いのが、大量供給の力だ。機能が"わかりやすい言葉"になり、買い足せる価格になり、毎年同じように店頭に並び、家の洗濯機で回せる。ユニクロは「ヒートテック」でこれを実現。こうして吸湿発熱は、特別な装備ではなく「冬の肌着の常識」になっていった。
結果として、セーターは"暖かさの責任"を少しずつ降ろしていく。インナーで暖を取れるなら、外側は別の役割を担えるからだ。
「二季化」と「ストリート化」
もうひとつ、セーターの居場所を狭めた要因がある。季節の感覚と、街の服装だ。
温暖化の影響で暑い時期が長く、寒い時期が短くなれば、「セーターがちょうどいい」期間は少なくなる。しかも今のファッションはストリート寄りだ。ルーズなトップス、スウェット、ダウン。これだけで冬のカジュアルファッションが成立する。気がつけばセーターを"中に着込む"必要はなくなっていた。
インナーで土台をつくり、ミドルはフリースやスウェットで回し、最後にアウターで風を防ぐ。冬のスタイルがこの形へ寄れば寄るほど、セーターは「必需品」から外れていった。
業界のベテランが語る"アパレルの本音"
「セーターは明らかに減っています。ニットの売り上げそのものがかなりダウンしていて、アパレルメーカーも買い付けが減りました」
こう語るのは欧州系グローバルブランドの元商品担当(MD)Yさん。ニットの売上が減った理由としてYさんが真っ先に挙げたのは機能性インナーではなく、フリースだった。
「絶対的にフリースの登場が影響していると思います。フリースを着て、その下はTシャツでいいっていう感覚が広がった」とYさんは語る。セーターが担ってきた"温かさ"をフリースが置き換え、さらに生活の型まで変えた。決定打は「お手入れ」だという。
「ニットって洗剤をガツガツ入れて洗濯機で洗うっていう感じではないですよね。ウール100パーセントの服を洗濯機に入れて普通に洗うと絶対縮むし、毛玉もできるし」
縮み、毛玉、洗濯表示の確認、クリーニング代。忙しい生活のなかで、その手間は"敬遠される理由"になる。フリースはその面倒を、ほとんど丸ごと引き受けてしまった。
さらに気候と街のファッションも、セーターに追い打ちをかけた。
「今、四季じゃなくて"二季"の時代になったので、Tシャツを着る時期が、3月から下手したら11月ぐらいまで続きますよね。冬はそれをトレーナーに変えるっていうパターンになってきています」





