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孤独な男にしては来客が多過ぎ──主役の演技が光る故にもったいない映画『ザ・ホエール』

Terrific in a Terrible Film

2023年4月8日(土)10時13分
デーナ・スティーブンズ(映画評論家)

フレイザーの堂々たる体格と、対照的に優しく誠実なイメージを、『ハムナプトラ』シリーズ、『原始のマン』『ゴッド・アンド・モンスター』などの代表作はうまく生かしてきた。

フレイザーの演技は光る

本作はさらに進んで、共感と見せかけてモンスターのように描かれる肉体に彼の素晴らしい魂を閉じ込める。

フレイザーは最大で135キロのファットスーツを着用するなど全身全霊でチャーリーになり切り、『ジョーカー』で主役を演じたホアキン・フェニックスを思い起こさせた(フェニックスは彼の信念に基づく完璧な演技を見せ、頭ががんがんするような駄作の中で唯一光っていた)。

だがフレイザーの熱演をもってしても、このひどい駄作をトラウマと償いをめぐるお涙頂戴の陳腐な表現の沼から救い出すことはできない。

本作は根本的には肥満恐怖症の実践なのだろうか。特大サイズではない評論家・観客の立場で答えてもいいのかどうかは分からないが、個人的には本作の欠点はテーマの選択ミスというよりトーンのずれや悪趣味さではないかと思う。

同じテーマでも主人公を哀れむべき見せ物にしないとか、体格のいい俳優に詰め物をしたスーツを着せるのではなく、チャーリーの体重に近い俳優をキャスティングすることもできたはずだ。

アロノフスキーの描く精神的に追い詰められていく人物に美を感じ、共感する観客もいるかもしれない。

フレイザーは確かに、チャーリーを見事なまでに個性的な人物として、そして性格上の欠点や傷つきやすい心やちゃめっ気を持ち合わせた人間として演じ、単なる退屈な隠喩の寄せ集めになりがちなキャラクターに人間味を与えている。

アカデミー賞では極端な変身を必要とする役が好まれるから、フレイザーが主演男優賞を獲得したのも不思議ではない。

これで彼も、ホアキン・フェニックスと並んで、まれに見る失敗作でまれに見る名演を見せた稀有な俳優の殿堂入りを果たしたわけだ。

©2023 The Slate Group

THE WHALE
ザ・ホエール
監督╱ダーレン・アロノフスキー
主演╱ブレンダン・フレイザー
日本公開は4月7日

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