最新記事

映画

ハリウッドの「アジア系男性像を刷新する『エブエブ』──こんな「アジア人映画」を待っていた

Asian Men Can Be Everything

2023年3月3日(金)19時00分
クリス・カーナディ(カルチャーライター)

より最近では、ハリウッド映画『クレイジー・リッチ!』やマーベル・コミック原作の『シャン・チー/テン・リングスの伝説』がハンサムでたくましいアジア人男性を主役級に据え、従来のステレオタイプを突き崩している(実際、クァンは『クレイジー・リッチ!』に刺激を受け、俳優業に復帰したという)。

こうした主流メディアの変化は重要である一方、完璧な解決策にはならない。ハリウッドで白人男性が演じてきた役を、アジア系男性版に焼き直しても、多くの場合は既存の男性観をアジア色に染め変えただけで終わる。

アジア人がスーパーヒーローや理想の恋人を演じても、男らしさの単純な捉え方を踏襲していては意味がない。どんな映画も越えられなかったこの壁を、思う存分壊してくれるのが『エブリシング』だ。

暴力よりも思いやりを

アジア系男性の描写の問題と向き合うに当たって、本作はよくある二元論に陥らない。複数のウェイモンドは、ハリウッドの典型的なアジア系男性像と、それを打ち壊そうとする近年の試みの限界の両方に対する反論だ。アジア人男性を「強い男」に変えても、映画の中のアジア人男性像が進化したことにはならない。

冒頭に登場する夫のウェイモンドの姿は、アジア系移民の中年男性のイメージそのものだ。前髪を切りそろえ、眼鏡をかけ、腰にウエストポーチを着けている。

その役柄が最も効果的にステレオタイプの殻を破るのは、妻に従う姿勢が弱点ではなく、ポジティブな特徴として描かれる場面だ。

武術に優れるアルファ・ウェイモンドは当初、エブリンを守り、ほかの次元にいる別の自分の才能を活用する方法を伝授していた。だがマルチバース全体を脅かす悪を倒すため、エブリンが(一見ばかげた)アイデアを思い付くと、リーダー役に固執せずに彼女を信じて任せ、協力する。

終盤では、腕力で支えるアルファ・ウェイモンドと釣り合いを取る形で、夫のウェイモンドが力を発揮する。エブリンの敵に思いやりを持つよう懇願し、夫婦で経営するコインランドリーを税金問題による差し押さえから救うのは、夫のウェイモンドだ。

そのひたむきな善良さは、クライマックスの対決で最大限に表現される。刺されて傷を負ってもエブリンと敵の間に立ちはだかり、暴力を終わりにしようと訴える。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

米年内利下げ回数は3回未満、インフレ急速に低下せず

ワールド

イラン大統領ヘリ墜落、原因は不明 「米国は関与せず

ワールド

ICC、ネタニヤフ氏とハマス幹部の逮捕状請求 米な

ビジネス

FRB副議長、インフレ低下持続か「判断は尚早」 慎
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:スマホ・アプリ健康術
特集:スマホ・アプリ健康術
2024年5月28日号(5/21発売)

健康長寿のカギはスマホとスマートウォッチにあり。アプリで食事・運動・体調を管理する方法

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    米誌映画担当、今年一番気に入った映画のシーンは『悪は存在しない』のあの20分間

  • 2

    「隣のあの子」が「未来の王妃」へ...キャサリン妃の「ロイヤル大変貌」が話題に

  • 3

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 4

    中国の文化人・エリート層が「自由と文化」を求め日…

  • 5

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された─…

  • 6

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイ…

  • 7

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 8

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 9

    9年前と今で何も変わらない...ゼンデイヤの「卒アル…

  • 10

    「親ロシア派」フィツォ首相の銃撃犯は「親ロシア派…

  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 3

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた異常」...「極めて重要な発見」とは?

  • 4

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 5

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 6

    「隣のあの子」が「未来の王妃」へ...キャサリン妃の…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイ…

  • 9

    「まるでロイヤルツアー」...メーガン妃とヘンリー王…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中