最新記事

シネマ

映画『ブレット・トレイン』で、58歳ブラピがついにアクションヒーローに

Brad Pitt as Action Hero

2022年9月1日(木)14時28分
デーナ・スティーブンズ(映画評論家)
ブラピ

ブラピ演じるレディバグ(右)は、いきなりメキシコ人暗殺者(バッド・バニー)と殺し合う羽目に PHOTO BY SCOTT GARFIELD/SONY PICTURESーSLATE

<原作は伊坂幸太郎の小説『マリアビートル』。新幹線が舞台のカオスな犯罪コメディーで非暴力の殺し屋役を演じたブラピに、新たな俳優人生の可能性を感じた理由とは?>

芸術としての映画、ビジネスとしての映画の未来が今ほど不確かに感じられる時期はない。そんな8月の暑い午後、『ブレット・トレイン』のような映画の批評を書かなければいけないことに、心のどこかで憤慨している自分がいる。

このデービッド・リーチ監督のアクションコメディーは、私が現在のエンターテインメント界に存在するとは夢にも思わなかった「穴」を埋めるべく登場した。

薄っぺらいキャラクター造形とひねくれた人間不信が鼻につく、超暴力的で奇妙なガイ・リッチー風犯罪群像劇。大物俳優を(カメオ出演も含めて)山ほど起用しておいて、誰にも面白い役どころや良いセリフを与えない映画。

女性陣が全員、夫を復讐に駆り立てる亡き妻か、色仕掛けで他人の心を操る策士というアクションコメディー。誰がそんなものを望むというのか。

原作は伊坂幸太郎の2010年の小説『マリアビートル』。思うにリーチと脚本のザック・オルケウィッツは、「アクションヒーローとしてのブラッド・ピット」というキャッチフレーズを武器にこの映画のアイデアを売り込んだのではないか。

なるほど、脚本に描かれた絶望的に深みがないキャラクターに彼がときどき吹き込む中年の魅力と乾いたユーモアを考えれば、ピットの起用はこの作品で唯一の新たな発見だ。

現在58歳のピットは、同世代の人気俳優の中では珍しくスーパーヒーロー役の経験がなかった。その彼が日本の高速鉄道・新幹線(ブレット・トレイン)に乗ってギャングと戦ってみせる。役どころはレディバグという一時引退していた殺し屋だ。

これまでセクシーな主役、コミカルな脇役、郊外に住む苦悩する父親、独特な雰囲気の酔っぱらいなどを演じてきたピットだが、最近は年齢にふさわしい新境地の開拓を模索しているらしい。

レディバグが列車の中で盗もうとするのは、映画の世界ではあまりにもありふれた小道具――現金と金塊を詰め込んだブリーフケースだ。ストーリーのカギを握るこの小道具は、レモンとタンジェリンという互いに言い争う2人の殺し屋(ブライアン・タイリー・ヘンリーとアーロン・テイラージョンソン)に預けられている。

このブリーフケースは話が進むにつれて、さまざまな人間の手に渡ったり、彼らの運命を大きく動かしたりする。

日本の元ヤクザとその息子(真田広之とアンドリュー・小路)、ピンクの女子学生ルックの裏に冷徹な黒幕の素顔を隠したイギリス人ティーンエージャー(ジョーイ・キング)、そして失った妻の復讐に燃えるメキシコの凶悪な暗殺者(ラッパーのバッド・バニーことベニート・A・マルティネス・オカシオ)。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米電動トラックの二コラが破産申請、EV市場の失速響

ワールド

米財務長官、南アで開催のG20財務相会議欠席へ=関

ワールド

エジプト大統領、ガザ再建巡り住民移住なしの計画を要

ワールド

トランプ氏「テスラのインド工場計画は不公平」、マス
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「20歳若返る」日常の習慣
  • 4
    1月を最後に「戦場から消えた」北朝鮮兵たち...ロシ…
  • 5
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 6
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 7
    ロシアは既に窮地にある...西側がなぜか「見て見ぬふ…
  • 8
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 9
    墜落して爆発、巨大な炎と黒煙が立ち上る衝撃シーン.…
  • 10
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 1
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ...犠牲者急増で、増援部隊が到着予定と発言
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 4
    墜落して爆発、巨大な炎と黒煙が立ち上る衝撃シーン.…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 7
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 8
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 9
    週に75分の「早歩き」で寿命は2年延びる...スーパー…
  • 10
    イスラム×パンク──社会派コメディ『絶叫パンクス レ…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 8
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 9
    戦場に「杖をつく兵士」を送り込むロシア軍...負傷兵…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中