最新記事

日本

スタイル抜群のあの女がこの家を乗っ取ろうとしている──認知症当事者の思い

2021年4月27日(火)16時55分
ニューズウィーク日本版ウェブ編集部
日本人女性

Kayoko Hayashi-iStock.

<認知症の当事者は、自らを介護する家族やケアマネージャーらをどう見ているのか。きれいごとでないその現実を、エッセイストの村井理子氏が「介護される側」の視点で描いた『全員悪人』を一部抜粋する(後編)>

家族の異変に気づいたのは3年ほど前のことだった、と語るのはエッセイストで翻訳家の村井理子氏だ。スーパーでの支払いをはじめ、出先で些細な問題を起こすことが増え、感情の起伏が激しくなった。

加齢による自然な現象と捉えられなくもなかった。しかし、認知症の兆候はこの頃から表れていたのかもしれない。

公的なサービス、医師、周りの人々の手を借りながら、認知症の家族を支援するようになって1年以上が経過した。

想像もしない事件が起こり、紆余曲折がある日々だが、患者当事者の気持ちを理解しようとしながら伴走を続けている。

そうした認知症患者と家族のドラマを「介護される側」の視点で書いたのが新刊『全員悪人』(CCCメディアハウス)である。その冒頭を抜粋紹介する全2回連載の2回目。

※抜粋第1回はこちら:知らない女が毎日家にやってくる──「介護される側」の視点で認知症を描いたら

◇ ◇ ◇

■失礼なケアマネージャー

はじまりは、長瀬さんだった。笑顔がきれいな明るい人で、スタイルも抜群。五十代前半の、私よりは、ずっとずっと若い女性。

お父さんは、長瀬さんのことをとてもいい人だと言っていた。ベテランのケアマネさんだと教えてくれた。私が長瀬さんについて何か言うと、お世話になっているのだから、そんなふうに言うもんじゃないと私を叱る。

お父さんは馬鹿だから、すぐに騙される。特に美人だと、ころっと騙されて、さっさと家に入れてしまう。ケアだの、デイだの、ステイだの、英語を使って偉そうにしているけれど、長瀬さんのおかげでこっちは大迷惑だ。

初めて彼女が家にやってきた日のことは、今でもはっきりと覚えている。お父さんは、リハビリ入院を終えて、家に戻ってしばらく経っていた。私がこの日を記憶している理由は、私に対して、彼女がとても失礼なことを言ったからだ。

「そろそろゆっくり暮らされてはいかがでしょう。私たちにお手伝いさせてください。私たちに、なんでも話してください」と長瀬さんは言って、一緒に来ていたデイの責任者という人と、ちらっと視線を交わした。その瞬間、この二人は何か企んでいると、ぴんときたのだ。

「それからね、お母さん。とても大事なことをこれから言います。車の運転は、もうやめたほうがいいと思うんです。お父さんからも、車の運転をやめるよう説得しているけれど、聞き入れてもらえないというお話を伺っています。お家の敷地内で車をぶつけてしまわれたということも聞きました。ご家族のみなさんがとても心配しておられます。これからは、息子さん夫婦にお父さんの通院の送り迎えはお任せしたらいかがでしょう。あるいは、タクシーだっていいじゃないですか。買い物はヘルパーさんにお願いすることだってできるんですよ」

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

訂正-4月米フィラデルフィア連銀業況指数、15.5

ビジネス

全国コアCPI、3月は+2.6% 生鮮除く食料の伸

ビジネス

米アトランタ連銀総裁、インフレ進展停滞なら利上げに

ワールド

パレスチナ国連加盟、安保理で否決 米が拒否権行使
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:老人極貧社会 韓国
特集:老人極貧社会 韓国
2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の衝撃...米女優の過激衣装に「冗談でもあり得ない」と怒りの声

  • 3

    止まらぬ金価格の史上最高値の裏側に「中国のドル離れ」外貨準備のうち、金が約4%を占める

  • 4

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画っ…

  • 5

    中ロ「無限の協力関係」のウラで、中国の密かな侵略…

  • 6

    「イスラエルに300発撃って戦果はほぼゼロ」をイラン…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    中国のロシア専門家が「それでも最後はロシアが負け…

  • 9

    休日に全く食事を取らない(取れない)人が過去25年…

  • 10

    ヨルダン王女、イランの無人機5機を撃墜して人類への…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 3

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体は

  • 4

    犬に覚せい剤を打って捨てた飼い主に怒りが広がる...…

  • 5

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    アインシュタインはオッペンハイマーを「愚か者」と…

  • 8

    天才・大谷翔平の足を引っ張った、ダメダメ過ぎる「無…

  • 9

    帰宅した女性が目撃したのは、ヘビが「愛猫」の首を…

  • 10

    ハリー・ポッター原作者ローリング、「許すとは限ら…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    浴室で虫を発見、よく見てみると...男性が思わず悲鳴…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中