最新記事

BOOKS

和歌山毒物カレー事件、林眞須美死刑囚の長男が綴る「冤罪」の可能性とその後の人生

2019年8月21日(水)17時55分
印南敦史(作家、書評家)

一方、眞須美に自白させることは無理だと考えた検察は、健治を抱き込むことにし、まずは離婚を勧め、離婚届を差し出した。しかし健治がサインをしなかったため、眞須美には愛人がいたと言ってモーテルの領収書を見せ、揺さぶりをかけた。


 父はあとから、
「あんなデブのおばはんの相手を誰がするんや。あれは検事が自分でモーテルに行ったときの領収書や」
 と言っていたが、内心は揺れていたかもしれない。(93ページより)

もちろん保険金詐欺をしたのは事実だが、本当にカレー事件に関与していないのだとしたら、ふたりが頑なに抵抗するのは当然の話ではないだろうか。

だが問題は、夫婦以外にも被害が及んでいたことである。言うまでもなく、著者をはじめとする夫妻の子供たちのことだ。


1998年10月4日、両親の逮捕後、市内の児童相談所に一時入所したぼくたちは、何度も警察署へ連れて行かれ、刑事たちから話を聞かれた。「カレーは好きか?」と笑顔で尋ねてきた刑事もいた。冗談を言って和ませようとしたのかもしれないが、とても笑う気にはなれなかった。
 母がカレーにヒ素を入れたというストーリーと矛盾するようなことを言うと、「そうじゃないだろう!」と机をバンバン叩かれた。容疑者でもないのに、まるで「取調べ」だった。
 怖くて言うことを変えると、つじつまが合わないとしてウソつき呼ばわりされた。本当のことを言ってもウソつき呼ばわりされ、言うことを変えてもウソつき呼ばわりされ、しまいには頷くことしかできなくなった。(100ページより)

繰り返すが、著者は当時小学5年である。長女は中学3年、次女が中学2年、三女にいたっては4歳。そんな子たちが警察で犯罪者のような扱いを受け、児童相談所や児童養護施設ではいじめを受けることになる。


 当時まだ4歳だった愛美は、なぜ両親と離れて暮らしているのかが、理解できていなかった。しかし姉たちもぼくも、そのほうが愛美のためだと思い「お父さんとお母さんはお仕事で遠くへ行った」と話していた。
 ところが、わざわざ愛美に「あんたのお父さんとお母さん、本当はどこへ行ったか知ってる?」と聞き、カレーに毒を入れて逮捕されたのだと得意げに説明する子どももいたのだ。(108ページより)

(愛美は仮名)


こうして施設内でいじめを受けながら育った4人のきょうだいは、成長した現在、別々の人生を歩んでいる。具体的には、著者を除く3人は両親との関係を断つことを選択し、母親の面会にも行っていないという。

一方、著者は、きょうだいの平穏な生活を守りたいという思いもあり、父親とふたりで母親を見守っていきたいと考えているそうだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:ブラジルのコーヒー農家、気候変動でロブス

ワールド

アングル:ファッション業界に巣食う中国犯罪組織が抗

ワールド

中国で「南京大虐殺」の追悼式典、習主席は出席せず

ワールド

トランプ氏、次期FRB議長にウォーシュ氏かハセット
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
2025年12月16日号(12/ 9発売)

45年前、「20世紀のアイコン」に銃弾を浴びせた男が日本人ジャーナリストに刑務所で語った動機とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の展望。本当にトンネルは抜けたのか?
  • 3
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の脅威」と明記
  • 4
    「前を閉めてくれ...」F1観戦モデルの「超密着コーデ…
  • 5
    現役・東大院生! 中国出身の芸人「いぜん」は、なぜ…
  • 6
    世界最大の都市ランキング...1位だった「東京」が3位…
  • 7
    首や手足、胴を切断...ツタンカーメンのミイラ調査開…
  • 8
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 9
    「体が資本」を企業文化に──100年企業・尾崎建設が挑…
  • 10
    トランプが日中の「喧嘩」に口を挟まないもっともな…
  • 1
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 4
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の…
  • 5
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 6
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 7
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 8
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    人手不足で広がり始めた、非正規から正規雇用へのキ…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 5
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 6
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 7
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 10
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中