最新記事

映画

主演女優が邪魔『しあわせの隠れ場所』

ホームレスから有力NFL選手になった少年の実話が、サンドラ・ブロックのよいしょ映画に化けた悲しさ

2010年4月8日(木)16時08分
ジョシュ・レビン

人種を超えた絆 リー・アン(右)はホームレスの黒人少年に家族の愛を教える ©2009 ALCON FILM FUND, LLC ALL RIGHTS RESERVED.

 マイケル・ルイスの著書『ブラインド・サイド──アメフトがもたらした奇蹟』(邦訳・ランダムハウス講談社)は、裕福な白人家庭に引き取られ、NFL(全米プロフットボールリーグ)のボルティモア・レイブンズのラインマンへと成長した貧しい黒人少年の物語。マイケル・オアーの実話に基づいている。

 一方、このノンフィクションを映画化した『しあわせの隠れ場所』が焦点を当てるのは、貧しい神童をNFLのドラフト選手に育て上げた白人の養母リー・アン・テューイ(サンドラ・ブロック)だ。

 完成度よりも金儲けを狙った選択だろう。マーケティングを徹底して万人に受ける映画を作ろうとした結果、観客を見下したような出来になった。

 感動的なスポーツ映画はそもそもがおとぎ話のようなもの。ホームレス同然で字も満足に読めなかったオアーの半生がまさにそうだ。テネシー州メンフィスの町をうろついていた無口なオアー少年(クイントン・アーロン)は、テューイ家に引き取られて初めて家族愛を知る。やがて140キロの巨体を生かしてアメフトの才能を開花させ、スカウトの垂涎の的に......。

 おとぎ話をさらに飾り立てるのだから、ハリウッドはタチが悪い。監督はスポ根映画ならお手の物のジョン・リー・ハンコック。02年の『オールド・ルーキー』では、35歳でメジャー入りを果たす野球選手の奮闘を描いた。

 今回は中心人物が無口な巨漢とあって、脇役が補強されている。テューイ家の幼い息子S・Jは、「兄」にハッパを掛ける小生意気な姿が愛らしい。原作では高校アメフトの優れたコーチが、間抜けなお人よしに書き換えられてリー・アンの引き立て役に回る。

感動を誘おうとするが

 実話を基にしていても、多少の脚色は許されるべきだろう。オアーが大学チームでプレーできたのは高校の成績を通信教育で補強したからなのだが、その部分を割愛したのは罪ではない。この映画が神経に障るのは、安っぽい手法で感動を呼ぼうとするからだ。

 実際のオアーは試合中に口の汚いディフェンス・ラインマンをフィールドの外まで押しのけ、「過剰なブロッキング」で反則を取られたことがある。だが映画はラインマンの父親に差別的なやじを飛ばさせる。リー・アンが正義感を燃やす見せ場を作るためだろう。

 リー・アン役で、ブロックはアカデミー賞主演女優賞にノミネートされた。実際、『しあわせの隠れ場所』はブロックにオスカーを取らせるために練り上げられた映画なのだ。

 確かに、ブロックは強情だが慈悲深い母親を好演した。だがリー・アンの人物像には現実味がないし、映画自体もありきたりなシーンの寄せ集めだ。駐車場でチンピラと対決し、上流階級の女友達に嫌みを言われればたんかを切る──どれも主演女優を持ち上げるための演出でしかない。

 それでも『しあわせの隠れ場所』を見れば、思わずオアーの人生に引き込まれてしまう(スポーツファンには、本人役で出演したニック・サバンやルー・ホルツら名門大学のかつての名コーチが演技に苦闘するのを見るという、あまのじゃくな楽しみもある)。いっぱしの人間に成長してアメフトで成功し、テューイ家で幸せをつかんでほしいと祈らずにいられない。

 しかし心の底から祈りたいのは、「サンドラ・ブロック主演」ではない映画でオアーの物語が語られる日が来ることだ。
*Slate特約
http://www.slate.com/

[2010年3月10日号掲載]

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

米国株式市場=大幅反発、米中貿易戦争巡る懸念和らぐ

ビジネス

米労働市場にリスク、一段の利下げ正当化=フィラデル

ワールド

トランプ氏やエジプトなどの仲介国、ガザ停戦に関する

ワールド

トランプ氏、ゼレンスキー氏と17日会談 トマホーク
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:中国EVと未来戦争
特集:中国EVと未来戦争
2025年10月14日号(10/ 7発売)

バッテリーやセンサーなど電気自動車の技術で今や世界をリードする中国が、戦争でもアメリカに勝つ日

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以外の「2つの隠れた要因」が代謝を狂わせていた
  • 2
    中国人が便利な「調理済み食品」を嫌うトホホな理由とは?
  • 3
    車道を一人「さまよう男児」、発見した運転手の「勇敢な行動」の一部始終...「ヒーロー」とネット称賛
  • 4
    メーガン妃の動画が「無神経」すぎる...ダイアナ妃を…
  • 5
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 6
    筋肉が目覚める「6つの動作」とは?...スピードを制…
  • 7
    連立離脱の公明党が高市自民党に感じた「かつてない…
  • 8
    1歳の息子の様子が「何かおかしい...」 母親が動画を…
  • 9
    ウィリアムとキャサリン、結婚前の「最高すぎる関係…
  • 10
    あなたの言葉遣い、「AI語」になっていませんか?...…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな飼い主との「イケイケなダンス」姿に涙と感動の声
  • 3
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル賞の部門はどれ?
  • 4
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 5
    中国人が便利な「調理済み食品」を嫌うトホホな理由…
  • 6
    ロシア「影の船団」が動く──拿捕されたタンカーが示…
  • 7
    ベゾス妻 vs C・ロナウド婚約者、バチバチ「指輪対決…
  • 8
    ウクライナの英雄、ロシアの難敵──アゾフ旅団はなぜ…
  • 9
    時代に逆行するトランプのエネルギー政策が、アメリ…
  • 10
    トイレ練習中の2歳の娘が「被疑者」に...検察官の女…
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 3
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 4
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に.…
  • 5
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 6
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 7
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 8
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 9
    数千円で買った中古PCが「宝箱」だった...起動して分…
  • 10
    iPhone 17は「すぐ傷つく」...世界中で相次ぐ苦情、A…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中