最新記事

海外ドラマ

『ビッグ・ラブ』寛容と秘密のデリケートな関係

モルモン教の内輪の儀式を描いたドラマのシーンに、信者たちはテレビで見せるべきものではないと大反発

2009年4月22日(水)16時30分
ジョシュア・オルストン(エンターテインメント担当)

大反響? ビル・パクストン演じる夫と妻3人を描いたドラマが抗議された理由とは Mario Anzuoni-Reuters

 米ケーブルTV大手HBOの連続ドラマ『ビッグ・ラブ』は、モルモン教伝統の一夫多妻制を実践する家族の物語。とくに話題でもないドラマだが、先ごろ敬虔なモルモン教徒から猛抗議を受けて、にわかに注目を浴びた。

 信者たちが怒ったのは、モルモン神殿での聖なる儀式がドラマに映し出されたため。モルモン教会(正式名称は末日聖徒イエス・キリスト教会)の内部でも選ばれた信者だけで行われる儀式をテレビで「再現」したのは許せないというのだ。

 思い出されるのは、風刺アニメ『サウスパーク』の引き起こした騒動だ。トム・クルーズも信じる新興宗教サイエントロジーの教義の中心に位置するとされる邪悪な存在「ジヌー」に触れたエピソードが大問題になった(ただし一般の信者には、ジヌーなんて知らないという人も少なくない)。

『サウスパーク』では、やはりサイエントロジーをコケにしたエピソードがきっかけで、声優で信者のアイザック・ヘイズ(故人)が降板したこともある。このとき制作サイドは、別な宗教がネタなら喜んで出演料を受け取るのに、自分の信仰への風刺に反発するヘイズの態度は偽善だと非難した。

ドラマで描くのもノー?

 サイエントロジー騒ぎの2年前に、『サウスパーク』はモルモン教の創始者とその教義をネタにしたことがある。モルモン教徒が猛反発したのは当然だ。しかし、今回の『ビッグ・ラブ』への反応は的はずれだ。

 問題の儀式の描写が間違っていると言うなら、抗議は正当化できる。だが問題は、描写の正確さではなく、非公開の儀式を公開した行為自体にあるらしい。どうやらモルモン教にもサイエントロジーにも、聖なる秘義を外部の人間に知られたくない思いは共通しているようだ。

 しかし、人が何かを容認するためには、自分が何を容認しているのかを知っておく必要がある。原則として人は他人の信仰に寛容であるべきだが、たとえば人殺しを奨励するような信仰にまで寛容である必要はない。言い換えれば、異なる信仰の共存には、互いの教義に対する理解が必要なのだ。

 もちろん、宗教に内輪の儀式はつきものだ。しかし信仰の大切さや信者の生活における大きな役割を考えれば、ある宗教に秘密が多ければ多いほど、他の宗教の信者は寛容でありにくくなる。

 テレビがその秘密を暴いたとして、その内容に誤りがあれば信者の怒りを買うは当然だろう。しかし『ビッグ・ラブ』の制作陣はしかるべきアドバイザーを常に現場に立ち会わせたと主張している。問題の儀式が持つ重要な意味合いを承知の上で、できるだけ正確に再現しようとしたのだ。

説得力がある儀式シーン

 聖なる儀式がストーリーとは無関係に描かれたのではないかとモルモン教会が思ったとしたら、心配は無用だ。『ビッグ・ラブ』のその場面を見て筆者は奇異なものだと思ったが、別の宗教儀式を見ても同じ感覚を抱いただろう。それが信仰なのだ。奇妙に感じる部分があっても受け入れる。

 視聴者も多くのことを感じ取ったはずだ。儀式は妻の1人であるバーブにからんで描かれるが、バーブは2シーズン以上にわたるレギュラー。視聴者は彼女についてよく知っている。

 バーブの性格、求めるもの、動機を理解しているからこそ、儀式のシーンにも説得力が加わる。バーブを受け入れているからバーブの信仰も受け入れる。これがテレビの素晴らしいところだ。

 信仰を持つ人間には、宗教的信条を秘密にしておく権利がある。外部の人間はこの秘密に踏み込んではならないというわけではないが、内輪の儀式を再現するときは可能なかぎり正確を期するべきだろう。『ビッグ・ラブ』の製作チームはこの考えに従った。つくり方によってはひどい場面になったかもしれない。

『ビッグ・ラブ』の裏番組のひとつに、聖書に出てくるダビデとゴリアテの戦いを現代に移しかえた派手なドラマがあった。巨人のゴリアテ役はまるで戦車のような風体だったが、史実とは異なると抗議する人はいなかった。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

米最高裁、旅券記載の性別選択禁止を当面容認 トラン

ビジネス

FRB、雇用支援の利下げは正しい判断=セントルイス

ビジネス

マイクロソフトが「超知能」チーム立ち上げ、3年内に

ビジネス

独財務相、鉄鋼産業保護のため「欧州製品の優先採用」
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 2
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 3
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 4
    「遺体は原型をとどめていなかった」 韓国に憧れた2…
  • 5
    「これは困るよ...」結婚式当日にフォトグラファーの…
  • 6
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 7
    クマと遭遇したら何をすべきか――北海道80年の記録が…
  • 8
    NY市長に「社会主義」候補当選、マムダニ・ショック…
  • 9
    「なんだコイツ!」網戸の工事中に「まさかの巨大生…
  • 10
    約500年続く和菓子屋の虎屋がハーバード大でも注目..…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 3
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読み方は?
  • 4
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 5
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 6
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 7
    だまされやすい詐欺メールTOP3を専門家が解説
  • 8
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 9
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 10
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 6
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 7
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中