最新記事

経済

人のため働く仕事ほど低賃金な理由 医療従事者やソーシャルワーカーたちが経済的に報われないのはなぜ?

2021年1月13日(水)16時31分
デヴィッド・グレーバー(ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス教授) *東洋経済オンラインからの転載

看護師のように他者のためになる労働ほど報酬が少ないという現実がある。xavierarnau - iStockphoto


コロナ禍での看護師不足が深刻化する一方、給料が仕事に見合わないという声が上がっています。看護師に限らず、社会的価値がある仕事をしている人たちの賃金が低いのはなぜなのでしょうか。職場にひそむ精神的暴力や封建制・労働信仰を分析し、どうでもいい仕事が蔓延するメカニズムを解明した『ブルシット・ジョブ クソどうでもいい仕事の理論』を一部抜粋・再編集してお届けします。

社会的に価値のある労働者は「医療研究者」

多種多様な職業の社会的価値を実際にすべて測定しようと試みた経済学者は、ほとんどいない。おそらく、大半の経済学者はそうした考えを愚か者の所業と考えているだろう。しかし、そのようなことを試みてきたその少数の経済学者たちは、有用性(ユースフルネス)と報酬のあいだには反転した関係があることを立証してきた。

2017年の論文で、アメリカの経済学者ベンジャミン・B・ロックウッド、チャールズ・G・ナタンソン、E・グレン・ワイルは、高給取りであるさまざまの職業にかかわる「外部性」(社会的コスト)と「スピルオーバー効果」(社会的便益)について既存の文献を探査している。

その目的は、それぞれの職業が経済全体に対し、どれだけの量〔の価値〕を追加しているか、あるいは差し引いているかを計測することは可能かを探ることにある。

彼らの結論は、そこにふくまれている諸価値があまりに主観的なので測定不可能である事例――とりわけクリエイティブ産業に関連している――もあれば、おおまかな計算が可能な事例もあるというものだった。

彼らの結論では、貢献度を計算できるもののうち最も社会的に価値のある労働者は医療研究者であり、その職業についている人びとは1ドルの給料につき社会に9ドル分の価値を追加している。

一方で最も価値の小さい労働者は金融部門で働いている人びとだが、彼らは平均して1ドルの報酬につき社会から1ドル以上の価値を差し引いている(そしていうまでもないが、金融部門の労働者はたいていきわめて高い報酬を得ている)。

分析結果の全容は、次のようなものである(▲はマイナス)。


•研究者 +9
•教師 +1
•エンジニア +0.2
•コンサルタントとIT専門家 0
•弁護士 ▲0.2
•広告マーケティング専門家 ▲0.3
•マネジャー ▲0.8
•金融部門 ▲1.5

確かにこの結果は、このような職業の価値全体に対して多数の人びとが抱く直感的な疑問を裏づけているように見えるし、それゆえ、それが事細かに分析されているのを見るのは愉快でもある。

しかし、著者たちは最高給取りの職業だけに焦点を絞っているために、ここでの目的のために活用するのには限界がある。おそらくリストの中で、教師は少なくとも平均値において最も賃金の低い労働者であり、研究者の多数はギリギリのところで生活している。

したがってこの結果は、賃金と有用性のあいだに負の関係性が存在することと矛盾しない。とはいえ、ピンからキリまでの領域の仕事を理解するためには、より幅広いサンプルが必要である。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

欧州エアバス、A320数百機点検へ 胴体パネル問題

ビジネス

英HSBC暫定会長、常任職求めない意向=CEO

ビジネス

英ファンドマネジャー、大半が来年為替ヘッジ拡大を予

ワールド

米下院補選、共和党候補の勝利確実に テネシー州
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    大気質指数200超え!テヘランのスモッグは「殺人レベル」、最悪の環境危機の原因とは?
  • 2
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇気」
  • 3
    トランプ支持率がさらに低迷、保守地盤でも民主党が猛追
  • 4
    コンセントが足りない!...パナソニックが「四隅配置…
  • 5
    若者から中高年まで ── 韓国を襲う「自殺の連鎖」が止…
  • 6
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙す…
  • 7
    海底ケーブルを守れ──NATOが導入する新型水中ドロー…
  • 8
    「世界一幸せな国」フィンランドの今...ノキアの携帯…
  • 9
    22歳女教師、13歳の生徒に「わいせつコンテンツ」送…
  • 10
    もう無茶苦茶...トランプ政権下で行われた「シャーロ…
  • 1
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 2
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 3
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファール勢ぞろい ウクライナ空軍は戦闘機の「見本市」状態
  • 4
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体…
  • 5
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果の…
  • 6
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 7
    128人死亡、200人以上行方不明...香港最悪の火災現場…
  • 8
    【寝耳に水】ヘンリー王子&メーガン妃が「大焦り」…
  • 9
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 10
    【クイズ】世界遺産が「最も多い国」はどこ?
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 4
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 8
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 9
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中