最新記事

日本経済

日本企業が「爆売り」すれば、爆買いブームは終わらない

2015年12月4日(金)16時01分
高口康太(ジャーナリスト、翻訳家)

 日本の製品、サービスに対して高い信頼性があることは事実だが、ドイツや米国と比べて上だというわけではない。日本というよりも、先進国全般に対する信頼と憧れだと解釈するべきだろう。日本は中国からもっとも近い先進国という地理的条件にあり、その意味では中国人観光客招致の優位性を持っている。

 先進国に対する信頼性は一貫して存在していたが、2014年秋になって急に中国人観光客の数が増えたのには理由がある。円安、ビザ要件緩和、そして日中首脳会談実現による日中対立の改善という三点セットだ。政治的対立と民間交流は別という人もいるが、こと中国に関してはそれはあてはまらないことは注意しておく点だろう。

 円安の結果、中国と比べると日本のほうが安いという10年前ならば信じられないような状況が出現してしまった。中国で買うよりもお得なために、中国人観光客の皆さんは激しく爆買いをするわけだ。しかも、親戚友人一同からあれを買ってきてこれを買ってきてと頼まれているだけに買い物量は膨大だ。

 私も何度かお供をしたことがあるが、炊飯器や保温タンブラー、電動歯ブラシ、時計、お菓子を山ほど抱えてその重さに立ち往生したほど。買い物を楽しむというよりも、もはや必死という表現が正しいが、自分のものならともかく頼まれ物とあっては買い逃すわけにはいかない。いやはや、爆買いも楽ではないのだ。

爆買いは終わるのか終わらないのか

 さて、流行語大賞に選ばれるとブームが終焉するというジンクスがあるという。果たして爆買いもそのジンクスに従うのだろうか。中国経済の減速という背景もあって、「爆買いは終わるのか否か」は今、中国ニュース界隈ではちょっとしたホットトピックとなっている。

 終わる派はというと、「株価低迷などで可処分所得が減れば当然旅行支出も減る」「中国の統計では海外旅行支出が減少に転じた」といったマクロ的視点が中心だ。終わらない派はというと、「中国中産層の暮らしぶりに変化はない」「日本人気はむしろ盛り上がる一方」「景気減速というが、まわりでクビになった人はいない」といったミクロ的視点が中心だ。

 日本旅行や日本製品に対する需要を考えると、中国全体というよりも、一定の所得を持つ都市中産層の懐具合が重要であり、そこに大打撃がないかぎり爆買い需要は堅調なのではないかと考えている。なにせ日本で買う方がお得なのだから。

 ただし、人気となる商品・サービスが移ろいやすいことは注意するべきだろう。爆買い人気の原動力はなんといっても口コミやネットの情報。実際に使ったことがないものでも、「よくわからんがともかくいいらしい」という情報だけで買ってくれているのが現状だ。「一度使えば日本製品のトリコになる」といった過剰な自信も禁物だ。爆買い中国人のお宅にうかがえば、「口コミに乗せられて買ってみたけど結局使わなかったアイテム」が山と積まれているのを見ることができるだろう。

 先進国というブランド、そして円安などをきっかけに始まった中国人の日本爆買いブームだが、殿様商売を続けていればすぐに幻想ははがれ、そっぽをむかれるのではないかと危惧している。必要なのは、中国人が勝手に買ってくれるという「爆買い」の思い込みを捨て、幻想ではなく本当にモノを分かってもらった上で買ってもらうこと。日本の企業が主体的に中国向けに売り込む「爆売り」をすべきではないだろうか。

<この執筆者の過去の人気記事>
中国の「テロとの戦い」は国際社会の支持を得るか
「中国は弱かった!」香港サッカーブームの政治的背景
台湾ではもう「反中か親中か」は意味がない

[執筆者]
高口康太
ジャーナリスト、翻訳家。1976年生まれ。千葉大学人文社会科学研究科(博士課程)単位取得退学。独自の切り口から中国・新興国を論じるニュースサイト「KINBRICKS NOW」を運営。著書に『なぜ、習近平は激怒したのか――人気漫画家が亡命した理由』(祥伝社)。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

石破首相「双方の利益になるよう最大限努力」、G7で

ワールド

米中貿易枠組み合意、軍事用レアアース問題が未解決=

ワールド

独仏英、イランに核開発巡る協議を提案 中東の緊張緩

ワールド

イスラエルとイランの応酬続く、トランプ氏「紛争終結
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:非婚化する世界
特集:非婚化する世界
2025年6月17日号(6/10発売)

非婚化・少子化の波がアメリカもヨーロッパも襲う。世界の経済や社会福祉、医療はどうなる?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?...「がん」「栄養」との関係性を管理栄養士が語る
  • 2
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 3
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波でパニック...中国の輸出規制が直撃する「グローバル自動車産業」
  • 4
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されず…
  • 5
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 6
    メーガン妃とキャサリン妃は「2人で泣き崩れていた」…
  • 7
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 8
    4年間SNSをやめて気づいた「心を失う人」と「回復で…
  • 9
    さらばグレタよ...ガザ支援船の活動家、ガザに辿り着…
  • 10
    逃げて!背後に写り込む「捕食者の目」...可愛いウサ…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタらが乗ったガザ支援船をイスラエルが拿捕
  • 4
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 5
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 6
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 7
    今こそ「古典的な」ディズニープリンセスに戻るべき…
  • 8
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 9
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 10
    脳も体も若返る! 医師が教える「老後を元気に生きる…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 3
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 9
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中