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ユーロ危機

優雅で頑固な地中海文化がギリシャを殺す

2011年10月27日(木)12時59分
クリストファー・ディッキー(パリ支局長)

 祖父の代から3代続く首相一家で育ちながら、パパンドレウにとってギリシャは異国のようだった。彼は子供時代の大半を、外国の亡命先で教師をする父と暮らした。アメリカとカナダとスウェーデンで暮らし、ハーバード大学やロンドン・スクール・オブ・エコノミクスなどで学び、今でもギリシャ語の文法を間違うことがある。
名門の出にもかかわらず、ギリシャ社会からはよく「ギリシャの特徴を理解せず、デンマークあたりでやりそうな改革をギリシャに押し付けようとしている男」と見られていると、ギリシャの週刊紙アテネ・ニュースの元編集者ジョン・プサロプロスは言う。「志は正しいが、運がない」

 パパンドレウがやりたいと望んでいるのは、ギリシャとギリシャ人の生き方を根本から変えることだ。歩みは遅過ぎたかもしれないが、彼は進歩をもたらした。

 肥大化した公共部門に大きな責任を負わせ、効率を向上させようとした。赤字を減らし、新たな徴税法を考え(ギリシャではいまだに紙の帳簿を付けている)、官僚主義が民間部門の邪魔をしないようにした。今は非公式の首相顧問を務めるパーカーが「浪費国家の習慣」と呼ぶものと戦っている。

iPadとタベルナ文化

 その中にはもちろん政府も含まれる。09年に首相になったパパンドレウは国の会計に粉飾を見つけた。財政赤字の対GDP比は従来6〜7%程度とみられていたが、それが実は15・5%という途方もない大きさであることが分かった。

 パパンドレウは透明性を公約に選挙に勝った。事実が明らかになり始めると、市場は息をのんだ。「誰の胸にも確かなことが1つある。ギリシャ国民は『罰を受けなければならない』ということだ」と、スタブロス・ランブリニディス外相は皮肉たっぷりに言った。

 ヘッジファンドが、血の臭いをかぎつけたサメのようにギリシャを追い詰めた。政府債務は返済能力をはるかに超えて膨らみ、デフォルトを予想する投機でギリシャ国債の利回りが高騰し、利払いはますます膨らんだ。

 昨年にEUが合意した総額1100億ユーロの金融支援パッケージと今年7月の追加支援1090億ユーロをもってしても、凋落のスピードを遅らせるだけで止めることはできない。そもそもその金を手にするには財政再建目標を達成しなければならないが、税収のよりどころである景気が悪い。ギリシャの今年の経済成長率はマイナス5・3%と推定されている。

 今では、国際社会やギリシャ国民がギリシャをどんな国と認識するかが、経済指標と同じくらい重要になってきた。「経済とは心理だ」と、ランブリニディスは言う。フランスとドイツをはじめとする国際社会に、ギリシャは本当に変わりつつあることを信じてもらわなければならない。信じてもらえなければ、デフォルト回避への協力は得られなくなるだろう。

 だが、ギリシャ国民はいら立ってきている。不当に扱われたと思えば、直ちに街頭に繰り出し抗議するのが彼らの流儀だ。この夏、パパンドレウとパーカーはギリシャ西部の僻地の村の集会に出掛けた。パパンドレウは、約100人の村民の不平や提案を何時間も聞き続けなければならなかった。これこそ、議論で沸く庶民向けレストラン「タベルナ」文化の国民性だ。地中海的で、のんびりした生き方を決して変えたがらない。

 そんな彼らにパパンドレウは犠牲を説いた。譲歩もしないし感情的になることもない。メモを取るのはiPad。まるで異邦人のように。

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