最新記事

消費

パリから消えたアメリカ人観光客

かつてヨーロッパ各地の名所には必ずいたあの態度のでかいアメリカ人団体客はどこへ行ったのか

2010年10月1日(金)15時11分
ダニエル・グロス(ビジネス担当)

 先週、標高1800メートルのスイスアルプスの山道を歩いたときのこと。ここは人間の数より不格好な鈴を付けた牛の数のほうがずっと多いのだが、重い足を引きずりながら飾り気のない食堂に入って驚いた。15年以上会っていなかった大学時代の同級生がいたのだ。

 とはいえ、辺ぴな場所で偶然知り合いに再会することはよくある話。私が驚いたのは、ここでアメリカ人に出会ったからだ。

 私は10日間の旅の時間の多くを主要な経済問題に関する調査に充てていた。EU(欧州連合)の緊縮財政はフランスにどんな影響を及ぼすのか。スイスフランの強さの要因は何か。そして、山に高く登れば登るほど食べ物の値段は上がるのに質は下がるのはなぜか、というスイス究極の謎についても考察した。

 だが今回の旅行で目にしなかったものもあった。一度にたくさんの仕事をこなすフランス人店員や気が利くスイス人、そしてアメリカ人旅行者。今年の夏は「のアメリカ人」はいても、「巴里のアメリカ人団体客」はいなかった。

 その昔、夏休みにルーブル美術館前の長蛇の列やヨーロッパの列車の旅に耐えることは大勢のアメリカ人旅行者に耐えることを意味した。教会主催の聖地ツアーに参加する中高年や高校生の団体旅行、旅行ガイド『レッツゴー・ヨーロッパ』のコピーを手にした大学生のバックパッカー......。

 だが今年は様子が違う。アメリカ人をそれほど見掛けないのだ。米国際通商局(ITA)の統計によれば、今年1月から4月に航空機でヨーロッパへ向かったアメリカ人旅行者の数は前年より6・7%減少した。

「引きこもる」アメリカ人

 実際、金融危機が発生してからかなりのアメリカ人が自宅に引きこもっている。ITAによるとアメリカ人の外国旅行者総数は08年に1・4%、09年に1・6%減少した。とはいえ、これ自体はそれほど大きな数字ではない。

 だがヨーロッパに限ってみると旅行者の減少幅はずっと大きい。航空運賃が高く、ドル安の影響をもろに受けるからだ。ヨーロッパへの旅行者数は08年に6・2%、09年に4・2%減った。そして今年1月から4月の6・7%減だ。このペースが続くなら、通年では07年に比べて16%も減少することになる。

 パリの物売りや大道芸人、ブラッスリー(ビアレストラン)経営者には明らかに悪い知らせだ。金融危機でアメリカの消費者が抱いた不安や恐れがいまだに続いている証しでもある。

 国民の外国旅行は国内経済に対する信頼度の格好のバロメーターだ。自分や隣人がリッチな気分で楽観的で、しかも自国通貨が幾分強ければ気張って外国まで遠出するだろう。だが経済成長が鈍り、雇用情勢も住宅市場も厳しく、将来に漠然とした不安を抱くようになると所得の多い少ないにかかわらず散財する余裕はなくなる。

 昨年は1週間イタリア北部のリビエラ海岸で休暇を過ごしたが、今年はSUV(スポーツユーティリティー車)でのミシガン湖ドライブで我慢するといった具合。多くのアメリカ人が目下、自国の魅力を再発見しているところだ。

 アメリカにとって幸いなことに外国人は自信を失っていない。それは景気回復や貿易赤字解消には追い風だ(休暇を自宅や近場で過ごす「ステイケーション」の流行も同様)。サービス業である観光業は貿易を構成する重要な一部分。インドのハイテク企業の幹部がニューヨークに来てマリオット・ホテルに泊まり、GAPで買い物をすれば「輸出」になる。アメリカ人がイタリア・フィレンツェのウフィツィ美術館を訪れ、入場料を支払えばそれは「輸入」だ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

アングル:長期金利2.0%が視野、ターミナルレート

ワールド

中国、レアアース輸出ライセンス合理化に取り組んでい

ワールド

ADBと世銀、新協調融資モデルで太平洋諸島プロジェ

ワールド

アングル:好調スタートの米年末商戦、水面下で消費揺
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%しか生き残れなかった
  • 2
    日本酒の蔵元として初の快挙...スコッチの改革に寄与し、名誉ある「キーパー」に任命された日本人
  • 3
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇気」
  • 4
    【クイズ】17年連続でトップ...世界で1番「平和な国…
  • 5
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 6
    【クイズ】日本で2番目に「ホタテの漁獲量」が多い県…
  • 7
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙す…
  • 8
    台湾に最も近い在日米軍嘉手納基地で滑走路の迅速復…
  • 9
    高市首相「台湾有事」発言の重大さを分かってほしい
  • 10
    見えないと思った? ウィリアム皇太子夫妻、「車内の…
  • 1
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 2
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体を東大教授が解明? 「人類が見るのは初めて」
  • 3
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 4
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファ…
  • 5
    128人死亡、200人以上行方不明...香港最悪の火災現場…
  • 6
    【寝耳に水】ヘンリー王子&メーガン妃が「大焦り」…
  • 7
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果の…
  • 8
    【クイズ】世界遺産が「最も多い国」はどこ?
  • 9
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 10
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 4
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 5
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 6
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 7
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 8
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 9
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中