最新記事

株式市場

株価暴落の引き金を引いた真犯人

ギリシャ危機、誤発注、アルゴリズム取引……リアルタイムで乱造される「解説」が、乱高下を増幅させる

2010年5月10日(月)11時00分
マーク・ギメイン

嵐の後 ニューヨーク証券取引所に表示された5月6日のダウ終値 Lucas Jackson-Reuters

 株式市場に関する報道には、有史以来変わらない一つの真理がある。ジャーナリストは株価の動きについてもっともらしい解説をするが、市場は時にそれを嘲笑うような動きをする。この真理が今ほどあてはまる時代はないだろう。株価乱高下の理由をリアルタイムで説明せよというプレッシャーは強まる一方だが、経済記者たちは素人と同じくらい当惑している。

 5月6日の午後2時過ぎに、それは始まった。幸か不幸か経済デスクの大半は、昼食から戻っている時間帯。株価は突如、めまいを感じるほどの急降下を始めた。記者たちの目はスクリーンに釘付けになった。株式市場は時々、おぞましいと同時に心を掴んで離さないホラー映画と同じ感覚を呼び覚ますことがある。この時もまさにそうだ。

 ダウ工業株30種平均は見る間に400ドル下げた。いや待て600ドルだ。違う、900ドルだ!

 1929年10月の「暗黒の木曜日」の再来だ。直後に流れたニュースの見出しは、「暴落。大暴落が遂に来た」。24時間報道が当たり前になって以降、信じられないほどの速度で回転するようになった経済ニュース製造機は、近年さらに加速している。現実とは思えない株価暴落を目の当たりにした数秒後には、その理由を説明しなければならない。

 ギリシャ財政危機を端緒としたユーロ急落、EU(欧州連合)諸国の足並みの乱れ......債務危機の連鎖に対する恐怖で市場は震え上がった。彼らはそう解説した。ギリシャの財政危機がいかに深刻だろうと、5月6日の2時15分に何か具体的な変化があったわけではないのだが、そんなことはお構いなしだ。ギリシャはとにかく、いちばん手近な説明材料だった。何より、経済記者ともあろうものがアメリカ株史上で最速の株価暴落を説明できないなどという甘えは許されない。

トレーダーの「太い指」説も

 だが、記録的暴落は表れたときと同じく唐突に消えてしまった。パニック的な記事があふれ出すのとほぼ同時に、株価は回復し始めた。わずか40分で700ドル下落し、一時前日比998ドル安まで暴落した株価は、次の瞬間には600ドル安まで戻し、500ドル安、300ドル安と急速に下げ幅を縮小した。

 再び、ニュース製造機がうなりを上げ始める。いわく、暴落の原因は「太った指」だ。某大手銀行のトレーダーが、誤ってミリオン(百万)ではなくビリオン(十億)のキーを押してしまったらしい。いや違う。別のトレーダーが、家庭用品大手プロクター&ギャンブル(P&G)の株を売ろうとしたのが引き金だった......。

 こうした説明は、株価の変動とほぼ同時に生産される。ギリシャで本当に何かが起こっているのかを確かめる時間的余裕はおろか、P&Gの株価が他社の株価より先に下げ始めたのかどうかさえ知らないままで。

 あの暴落と急回復については、これからも山ほど説明が出てくるだろう。時間が経つほど、本当に起こったことがはっきりと見えてくる可能性もある。

 だが、たとえ暴落が始まった原因をある程度まで絞り込めたとしても、市場で爆発した奇怪なマグマの正体が説明できるとは思えない。重要なのは、なぜ暴落が始まったのかではなく、最初の小さな下落がなぜ瞬時にして雪だるま式に膨らんだのか、だ。

市場はかつてなく危険に

 最初の原因が何であれ、その影響が市場によって大きく増幅されたのはほぼ間違いない。今の市場関係者は、取るに足らない出来事にも驚くべきスピードで対処するようになっている。前にも増して高速のコンピューターと高度なアルゴリズムで武装したトレーダーによって、市場はかつてなく危険な場所になったのかもしれない。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

英中銀が金利据え置き、5対4の僅差 12月利下げの

ビジネス

ユーロ圏小売売上高、9月は前月比0.1%減 予想外

ビジネス

日産、通期純損益予想を再び見送り 4━9月期は22

ビジネス

ドイツ金融監督庁、JPモルガンに過去最大の罰金 5
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 2
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 3
    「これは困るよ...」結婚式当日にフォトグラファーの前に現れた「強力すぎるライバル」にSNS爆笑
  • 4
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 5
    NY市長に「社会主義」候補当選、マムダニ・ショック…
  • 6
    「なんだコイツ!」網戸の工事中に「まさかの巨大生…
  • 7
    カナダ、インドからの留学申請74%を却下...大幅上昇…
  • 8
    約500年続く和菓子屋の虎屋がハーバード大でも注目..…
  • 9
    もはや大卒に何の意味が? 借金して大学を出ても「商…
  • 10
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 3
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読み方は?
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 6
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 7
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 8
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 9
    女性の後を毎晩つけてくるストーカー...1週間後、雨…
  • 10
    だまされやすい詐欺メールTOP3を専門家が解説
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 7
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中