最新記事

アメリカ経済

オバマ赤字大統領の無責任な賭け

歳出削減と増税を先延ばしにする赤字垂れ流しの財政運営は世界経済を破綻させかねない

2009年5月21日(木)19時51分
ロバート・サミュエルソン(本誌コラムニスト)

人気の理由 オバマはほぼすべての国民に減税と財政支出の拡大を約束した(2月26日、2010年度予算案に群がった報道陣)    Stelios Varias-Reuters

 国の借金をいくら増やすと、大統領は「無責任」と非難されるようになるのか。どうやらその限度は、バラク・オバマ米大統領が想定する額さえ軽く許容するほど巨額らしい。5月11日にオバマが詳細を公表した2010年度(09年10月〜10年9月)予算教書は、政治的ご都合主義と経済的ギャンブルの典型といえる内容だった。

 オバマの予測では、10〜19年のアメリカの財政赤字は累計で7兆1000億ドルに達する(ピークは09年度は1兆8000億ドル)。この結果、19年までに米政府の累積赤字額の対GDP(国内総生産)比は08年の41%から70%に増える。80%を記録した1950年以来最悪の水準だ。10〜19年の累積赤字額が9兆3000億ドル、19年の対GDP比82%という議会予算局(CBO)の見通しもある。

 だがそれもまだ甘いかもしれない。各種の予測によれば、医療制度改革には今後10年で1兆2000億ドルかかりそうだが、オバマは今のところ6350億ドルしか手当てしていない。国防予算の削減も報じられているが、国外の脅威が小さくならないかぎり軍事費と赤字が減る保証はない。

 それなのに、批判を萎えさせる禅僧のようなオバマの能力のおかげか、この莫大な財政赤字に注意を払っているのは小うるさい共和党議員ぐらい。誰もが現在の経済危機に目を奪われ、あと2〜3年は税収減と景気対策のための巨額の財政支出が容認されそうだ。誰も、莫大な赤字がいつまでも続くとは思っていない。

借金増は政治的な「逃げ」

 オバマの人気がこれほど高い理由の1つは、ほぼすべての国民に減税と政府支出の拡大を約束しているからだ。年収25万ドル以上の層を除く「勤労世帯」の95%が減税対象になる。基礎研究支援を倍増し、高速鉄道網の建設にも意欲を示している。もちろんオバマはこういった政策を実現できる。さらに借金を増やせば、だが。

 借金を増やすのは政治的な「逃げ」だ。オバマは、歳出削減か増税かという選択を国民に迫るのを避けている(現在の赤字水準を考えれば、おそらくその両方になる)。

 確かに1961年以降、5年間を除いてアメリカの財政は常に赤字を出してきたが、赤字額はGDP比50%以下に抑えられてきた。年収10万ドルの世帯が借金総額を5万ドル以下に抑えるようなものだ。このレベルなら経済への悪影響は限定的だった。だが過去のトレンドから大きく逸脱しかねないオバマの巨額赤字は、アメリカ経済の未来を大きく脅かしかねない。

 すべてがうまくいっても、国債の利払いによって増税と歳出削減の圧力が一段と高まる。場合によってはさらに借金を増やす必要に迫られる。CBOの予測によれば、19年時点で利払いが歳出に占める割合は、08年の2倍にあたる16%に達する。これでは民間企業の投資意欲がそがれ、経済成長は減速しかねない。

 最悪の場合、財政赤字の急増が新たな金融危機を引き起こすかもしれない。危険なのは、「アメリカが(米国債を)低利で売れなくなることだ」と、元CBO局長でエコノミストのルドルフ・ペナーは言う。

「マケイン大統領」だったなら

 雲行きは怪しいが、このような事態はまだ起きていない。内外の投資家は「安全な」米国債を好んできた。だが国債の供給過剰やインフレ不安が現実になれば、その信用が失墜する日がくるかもしれない。そうなれば国債の価格は急落し、利回りは急騰する。米国債の半分は外国人が保有しているから、世界が大打撃を受けることになる。

 オバマの予算はいたずらに「痛み」を先送りにしているに過ぎない。今のところうまくいっているように見えても、将来のリスクは増している。現在の経済危機が示すように、後先を考えない政策は最後にはしっぺ返しを喰らう。

 不思議なのは、こうした問題がほとんど無視されてきたことだ。昨年の大統領で共和党のジョン・マケイン上院議員が勝利してオバマと同じ予算案を提出したら、非難の嵐が起きていたはずだ。「マケイン大統領はわれわれの未来を抵当に入れるつもりだ」と。

 オバマも同じように厳しい基準で評価されるべきだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ米大統領、日鉄とUSスチールの「パートナー

ワールド

マスク氏、政府職を離れても「トランプ氏の側近」 退

ビジネス

米国株式市場=S&P500ほぼ横ばい、月間では23

ワールド

トランプ氏の核施設破壊発言、「レッドライン越え」=
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:岐路に立つアメリカ経済
特集:岐路に立つアメリカ経済
2025年6月 3日号(5/27発売)

関税で「メイド・イン・アメリカ」復活を図るトランプ。アメリカの製造業と投資、雇用はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「MiG-29戦闘機」の空爆が、ロシア国内「重要施設」を吹き飛ばす瞬間
  • 2
    「ウクライナにもっと武器を」――「正気を失った」プーチンに、米共和党幹部やMAGA派にも対ロ強硬論が台頭
  • 3
    イーロン・マスクがトランプ政権を離脱...「正直に言ってがっかりした」
  • 4
    3分ほどで死刑囚の胸が激しく上下し始め...日本人が…
  • 5
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 6
    【クイズ】生活に欠かせない「アルミニウム」...世界…
  • 7
    「これは拷問」「クマ用の回転寿司」...ローラーコー…
  • 8
    ワニにかまれた直後、警官に射殺された男性...現場と…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「ダイヤモンド」の生産量が多…
  • 10
    今や全国の私大の6割が定員割れに......「大学倒産」…
  • 1
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「MiG-29戦闘機」の空爆が、ロシア国内「重要施設」を吹き飛ばす瞬間
  • 2
    今や全国の私大の6割が定員割れに......「大学倒産」時代の厳しすぎる現実
  • 3
    【クイズ】世界で最も「ダイヤモンド」の生産量が多い国はどこ?
  • 4
    「ウクライナにもっと武器を」――「正気を失った」プ…
  • 5
    アメリカよりもヨーロッパ...「氷の島」グリーンラン…
  • 6
    デンゼル・ワシントンを激怒させたカメラマンの「非…
  • 7
    「ディズニーパーク内に住みたい」の夢が叶う?...「…
  • 8
    友達と疎遠になったあなたへ...見直したい「大人の友…
  • 9
    ヘビがネコに襲い掛かり「嚙みついた瞬間」を撮影...…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
  • 1
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 2
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 3
    脂肪は自宅で燃やせる...理学療法士が勧める「3つの運動」とは?
  • 4
    「2025年7月5日に隕石落下で大災害」は本当にあり得…
  • 5
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 6
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
  • 7
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 8
    【クイズ】世界で2番目に「軍事費」が高い国は?...1…
  • 9
    部下に助言した時、返事が「分かりました」なら失敗…
  • 10
    今や全国の私大の6割が定員割れに......「大学倒産」…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中