最新記事

ドイツ脱原発の裏に世界制覇の皮算用

エネルギー新時代

液化石炭からトリウム原発まで「ポスト原発」の世界を変える技術

2011.08.03

ニューストピックス

ドイツ脱原発の裏に世界制覇の皮算用

ドイツ経済が縮む!友好国に衝撃を与えた脱原発を支えるのは、電力自由化と活力ある自然エネルギー産業だ

2011年8月3日(水)10時35分
千葉香代子(本誌記者)

期待の星 洋上風力発電はまだコストが高い(北海の風力発電所、手前は変圧設備) Christian Charisius-Reuters

 先週、主要国では初の脱原発法案を閣議決定したドイツ。2022年までに国内にある17基の原発をすべて停止し、自然エネルギーや天然ガスによる火力発電で代替する計画だ。チェコのクラウス大統領は「バカげた政策」と批判し、アメリカの政治アナリスト、デービッド・フラムは「(独首相の)メルケルは、欧州で一番重要な経済をどうする気だ」と嘆いた。

 衝撃が走るのも無理はない。低コストで安定した電力供給源である原発を廃止すれば、電気料金が急騰するか停電するかで企業は国外に逃げ出し、経済が縮小してしまう恐れがある。ドイツ産業連盟(BDI)は4月末、脱原発を推進すればドイツの電力料金は2018年までに30%も上がると警告していた。

 原発停止の第一弾は、福島第一原発と同型の原発で、3月から停止していた7基を含む8基。ドイツの原発が作る電力の4割を絶つ計算だ。一見自殺行為にみえるが、ドイツの脱原発政策は実は長期間のエネルギー安全保障戦略に基づいている。それが福島原発の事故で前倒しになったにすぎない。「計画を立てるための数字はすべて推定でしかない」と、今はベルリン自由大学で環境政策を研究するミランダ・シュラーズ教授は言う。「だが成功すれば世界のモデルになれる」

 原子力発電は総発電量の22%を占めるので、その4割が停止することで直ちに失われる電力は総電力の約9%。もともとドイツでは電力の輸出超過分があるため、当面この程度のロスは何とか賄える。問題は、電力需要が最大になる冬をいかに乗り切るか。さらに残り9基の原発も順次止めながら、22年までの電力不足をどう回避するか。

 ドイツ政府はつなぎとして天然ガスによる火力発電所に加え、石炭による火力発電所も少数ながら稼働させる見込みだ。化石燃料の中では最もクリーンな天然ガスはともかく、石炭火力まで計画に入れているのは、中小企業や金属、化学のような電力多消費型産業に低コストの電力を供給するための手当てではないかと、シュラーズは言う。

 実はドイツの脱原発政策は90年から始まっている。そのカギとなる再生可能エネルギー産業は既に世界一の規模を誇り、今も発展は続いている。

電力自由化も追い風に

 原動力は、再生可能エネルギーで発電された電力の固定価格全量買い取りを送電会社に義務付ける「固定価格買い取り制度(FIT)」。企業や家庭がソーラーパネルを取り付け発電すれば、初期投資を差し引いても年8〜10%の利益が得られる。

 デンマークの風力発電機大手ベスタスのマルテ・マイヤーによれば、FITは技術革新も促す。送電会社の買い取り価格から同社に払われる補助金は最初が単位電力当たり5セントだとしても、それが5年後には2・5セントに減るとあらかじめ決まっている。「いやでもコスト削減や生産性向上に必死になる」と、マイヤーは言う。

 電力の小売り自由化も進んでおり、「再生可能エネルギー100%」が売りの電力小売会社と、いくら高くてもそれを買う消費者がいる。こうした追い風を受け、ドイツの環境保護製品シェアは06年に世界一になった。

「ドイツは明らかに再生エネルギー市場を狙っている」と、立命館大学の大島堅一教授(環境経済学)は言う。「原子力産業はほとんど成長していないが、自然エネルギーは毎年20%以上成長しているからだ」

 自然エネルギーの開発には戦略上の利点もある。風力や水力や太陽光で国内の電力需要のかなりの部分を賄えるようになれば、国外の原油や天然ガスへの依存度を減らすことができる。

 もっとも、脱原発が正しい選択とは限らないと、コンサルティング会社ブーズ・アンド・カンパニーのエネルギー問題担当パウル・デュールローは言う。再生可能エネルギーだけで原発の不足分を賄うのはかなり難しい。「福島の原発よりはるかに新しく安全になった原発もメニューに加えるほうが理にかなっている」

 それでも国民に反原発感情が浸透しつつある日本は、いやが応でも再生可能エネルギーに向き合わざるを得ない。ドイツの大胆な政策はかなり参考になるはずだ。

[2011年6月22日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

中国共産党政治局、汚職取り締まりの強化巡り会合

ビジネス

サノフィ、米ダイナバックスを22億ドルで買収 成人

ワールド

米、ベネズエラ石油「封鎖」に当面注力 地上攻撃の可

ビジネス

午前の日経平均は小反発、クリスマスで薄商い 値幅1
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 2
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足度100%の作品も、アジア作品が大躍進
  • 3
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...どこでも魚を養殖できる岡山理科大学の好適環境水
  • 4
    素粒子では「宇宙の根源」に迫れない...理論物理学者…
  • 5
    ジョンベネ・ラムジー殺害事件に新展開 父「これま…
  • 6
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 7
    ノルウェーの海岸で金属探知機が掘り当てた、1200年…
  • 8
    ゴキブリが大量発生、カニやロブスターが減少...観測…
  • 9
    「個人的な欲望」から誕生した大人気店の秘密...平野…
  • 10
    「時代劇を頼む」と言われた...岡田准一が語る、侍た…
  • 1
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 2
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低く、健康不安もあるのに働く高齢者たち
  • 3
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開したAI生成のクリスマス広告に批判殺到
  • 4
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 5
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 6
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 7
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦…
  • 8
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 9
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 10
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 7
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 8
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中