コラム

被害者女性の声を無視し、性犯罪の被害を拡大させたFBIの大罪(パックン)

2021年09月28日(火)20時46分
ロブ・ロジャース(風刺漫画家)/パックン(コラムニスト、タレント)
米女子体操セクハラ問題(風刺画)

©2021 ROGERS-ANDREWS McMEEL SYNDICATION

<米五輪女子体操チームの元医師で少なくとも499人の女性に性的暴力などを働いたとされるラリー・ナサールの罪は、なぜ見過ごされたのか>

今夏、日本は新型コロナの変異株にも猛暑にも豪雨にも襲われたが、もう一つの大脅威の上陸は防げた。それは、東京五輪のために来日するはずだった米五輪女子体操チームの元医師、ラリー・ナサール(Larry Nassar)。

10歳未満の少女も含めて、少なくとも499人もの女性に性的暴力などを働いたとされるナサールは卑劣極まりない危険人物だが、本来はチームドクターとして東京に来る立場だった。幸い、被害者の選手の通報で彼は逮捕され、裁判で有罪となり40~175年の禁錮刑を言い渡された。ほっとひと安心。

でも、危なかった。被害者の証言によると、「治療」や「トレーニング」などを口実に選手の体に触れたり、性行為に及んだりしたそうだが、何百件にも及ぶ事案はすぐには取り締まられなかった。ナサールは1994年から20年以上も犯行を繰り返しながら米体操連盟の医師を務めた金メダル級の悪人だ。

なぜ止められなかったか? ナサールが捕まったのは2016年だが、その何年も前から選手やその親たちからナサールの不適切行為が報告されていた。だが体操連盟も、彼を雇っていた大学や体操クラブも通報したり解雇したりしなかった。

まあ、それは素人のミスだろう。プロの「連邦捜査局」であるFBIは犯罪行為を知らされたら、そんな消極的な塩対応をするはずがないと思うよね? そのとおりだ! 実際に捜査要請を受けたFBIはもちろん積極的な......塩対応をした。

2015年、ナサールの性的暴力を3人の選手がFBIに訴えた。すると捜査官はそのうちの1人の調書を電話で取り、13歳から数百回も虐待を受けたという彼女の、母親にも明かしていない被害の説明を聞いて......「それだけなの?」と片付けた。そして早速その内容を正式な報告に......17カ月後にまとめたという。でも彼女への対応はまだまし。残り2人は調書すら取ってもらえなかった。塩をまかれたような対応だ。

FBIが最初に連絡を受けたときからナサールが逮捕されるまで16カ月かかった。その間に70人もの女性が新たに性的虐待を受けたという。これが風刺画が描く、少女よりもモンスターを守るFBIの行動だろう。

捜査をしない「連邦捜査局」は、名前を改めるべきでは? 知名度の高い略称は捨てづらい? じゃあ、同じFBIでもFamous But Inactive(有名だが、動かない)でいかがでしょう。

ポイント

HAVE NO FEAR...WE'LL PROTECT YOU!
もう怖くないよ、われわれが守るからね!

THANK YOU!
ありがとう!

I WAS TALKING TO THE MOSTER.
そのモンスターに話しているのだけど

プロフィール

パックンの風刺画コラム

<パックン(パトリック・ハーラン)>
1970年11月14日生まれ。コロラド州出身。ハーバード大学を卒業したあと来日。1997年、吉田眞とパックンマックンを結成。日米コンビならではのネタで人気を博し、その後、情報番組「ジャスト」、「英語でしゃべらナイト」(NHK)で一躍有名に。「世界番付」(日本テレビ)、「未来世紀ジパング」(テレビ東京)などにレギュラー出演。教育、情報番組などに出演中。2012年から東京工業大学非常勤講師に就任し「コミュニケーションと国際関係」を教えている。その講義をまとめた『ツカむ!話術』(角川新書)のほか、著書多数。近著に『大統領の演説』(角川新書)。

パックン所属事務所公式サイト

<このコラムの過去の記事一覧はこちら>

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ドイツ、イスラエルへの武器輸出停止を解除へ 停戦順

ビジネス

アマゾン、3年ぶり米ドル建て社債発行 150億ドル

ビジネス

ベゾス氏、製造業・航空宇宙向けAI開発新興企業の共

ワールド

米FEMA局長代行が退任、在職わずか6カ月 災害対
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    悪化する日中関係 悪いのは高市首相か、それとも中国か
  • 3
    「中国人が10軒前後の豪邸所有」...理想の高級住宅地「芦屋・六麓荘」でいま何が起こっているか
  • 4
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 5
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 6
    山本由伸が変えた「常識」──メジャーを揺るがせた235…
  • 7
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影…
  • 8
    南京事件を描いた映画「南京写真館」を皮肉るスラン…
  • 9
    経営・管理ビザの値上げで、中国人の「日本夢」が消…
  • 10
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 4
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 5
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 6
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 7
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 8
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 9
    「中国人が10軒前後の豪邸所有」...理想の高級住宅地…
  • 10
    ヒトの脳に似た構造を持つ「全身が脳」の海洋生物...…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story