コラム

トランプ大統領は「政府の番犬」監察官が邪魔だった?(パックン)

2020年06月11日(木)18時00分
ロブ・ロジャース(風刺漫画家)/パックン(コラムニスト、タレント)

Muzzling the Watchdog / (c) 2020 ROGERS-ANDREWS McMEEL SYNDICATION

<しばしば「番犬」と呼ばれる監察官の仕事は税金泥棒や政府の私物化から国民を守ること――しかしアメリカでは、コロナ禍のどさくさに紛れて2カ月間に5人の監察官が解任されている>

常時なら許されない行為も非常時には見落とされる。日本でいう「火事場泥棒」に近いが、アメリカではこういう現象を「タイタニック号の食器を盗む」と......言わない。僕が勝手に作った表現だけど、自信作だ。

そんな存在もしない表現にぴったり当てはまることが今、アメリカで起きている。新型コロナウイルスの感染拡大に国民が目を奪われているなか、ドナルド・トランプ大統領がどさくさに紛れて次々と政府内の監察官を解任している。

それもこの2カ月ほどで国務省、国防総省、諜報などの重要な機関から、5人もの監察官を。理由を聞かれても、ほとんど「大統領の権限だ」としか説明していない。しかし、解任されたのはトランプに対する内部告発を扱った監察官、コロナ危機中の医療用品不足を明かした監察官、補助金決定プロセスにおける運輸長官の地元びいき疑惑を調べていた監察官、国務長官による職員や税金の私的利用疑惑を調べていた監察官で、その共通点からテーマが見えてくる。解任の本当の理由は、トランプ本人や側近に対する捜査を阻止するため、または以前の「借りを返す」ためだと推測される。皮肉にも、政権内の同種の「政治的な仕返し」について捜査中の監察官も今回、政治的な仕返しを食らった形だ。

税金泥棒や政府の私物化をする政治家から国民を守るという意味で、監察官はよくwatchdog(番犬)と呼ばれる。風刺画では、番犬がいい仕事をしていると知った「家主」が、番犬を金魚に交代させる。もちろん、「番魚」は悪人を止める力も誰かを守る力もない。この小さな金魚鉢だとすぐ死ぬし......(実体験)。

監察官の解任は当然、大問題だ。しかし、今はそれに目をやる余裕はない。まずはコロナ危機への対応を急がないと。そして、監察官を解任した人よりも、コロナ感染拡大を防げなかった人の責任追及が急務だ。しかし不思議なことに、両者は同一人物。国内感染が確認される数週間前に、新しい感染症の警告を中国当局からも米政府内の専門家からも受けたのに、トランプは水際作戦も、クラスター対策も、医療システムの強化もしなかった。結果、200万人近く感染し、10万人以上が亡くなる大惨事になった。そして、その最中に監察官をクビにした。つまり、火事場泥棒が放火魔。食器を盗んだのは、そもそも船を氷山に突っ込ませた船長だ。

【ポイント】
YOUR WATCHDOG IS REALLY DOING HIS JOB, Mr. PRESIDENT!
あなたの番犬はしっかり仕事をしていますよ、大統領閣下!

THANKS FOR THE HEADS UP...I TOOK CARE OF IT.
警告をありがとう。対処しておいた。

<本誌2020年6月16日号掲載>

20200616issue_cover150.jpg
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2020年6月16日号(6月9日発売)は「米中新冷戦2020」特集。新型コロナと香港問題で我慢の限界を超え、デカップリングへ向かう米中の危うい未来。PLUS パックンがマジメに超解説「黒人暴行死抗議デモの裏事情」

プロフィール

パックンの風刺画コラム

<パックン(パトリック・ハーラン)>
1970年11月14日生まれ。コロラド州出身。ハーバード大学を卒業したあと来日。1997年、吉田眞とパックンマックンを結成。日米コンビならではのネタで人気を博し、その後、情報番組「ジャスト」、「英語でしゃべらナイト」(NHK)で一躍有名に。「世界番付」(日本テレビ)、「未来世紀ジパング」(テレビ東京)などにレギュラー出演。教育、情報番組などに出演中。2012年から東京工業大学非常勤講師に就任し「コミュニケーションと国際関係」を教えている。その講義をまとめた『ツカむ!話術』(角川新書)のほか、著書多数。近著に『大統領の演説』(角川新書)。

パックン所属事務所公式サイト

<このコラムの過去の記事一覧はこちら>

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米ウ代表団、今週会合 和平の枠組み取りまとめ=ゼレ

ビジネス

ECB、利下げ巡る議論は時期尚早=ラトビア中銀総裁

ワールド

香港大規模火災の死者83人に、鎮火は28日夜の見通

ワールド

プーチン氏、和平案「合意の基礎に」 ウ軍撤退なけれ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ガザの叫びを聞け
特集:ガザの叫びを聞け
2025年12月 2日号(11/26発売)

「天井なき監獄」を生きるパレスチナ自治区ガザの若者たちが世界に向けて発信した10年の記録

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 2
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファール勢ぞろい ウクライナ空軍は戦闘機の「見本市」状態
  • 3
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果のある「食べ物」はどれ?
  • 4
    【寝耳に水】ヘンリー王子&メーガン妃が「大焦り」…
  • 5
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙す…
  • 6
    がん患者の歯のX線画像に映った「真っ黒な空洞」...…
  • 7
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 8
    7歳の娘の「スマホの検索履歴」で見つかった「衝撃の…
  • 9
    ウクライナ降伏にも等しい「28項目の和平案」の裏に…
  • 10
    ミッキーマウスの著作権は切れている...それでも企業…
  • 1
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 2
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 3
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やってはいけない「3つの行動」とは?【国際研究チーム】
  • 4
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 5
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 6
    海外の空港でトイレに入った女性が見た、驚きの「ナ…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファ…
  • 9
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベー…
  • 10
    老後資金は「ためる」より「使う」へ──50代からの後…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story