コラム

全てが期待以上のバイデン就任式に感じる1つの「疑念」

2021年01月21日(木)15時20分

もう一つは、就任式の主賓席の雰囲気でした。式典を通じて、バイデン夫妻、ハリス夫妻、オバマ夫妻、ブッシュ夫妻、そしてペンス夫妻は、まるでこの10人が何十年来の同志であるかのように親密に振る舞っていました。その様子を見ていると、2週間前に同じ場所で発生した流血の不祥事以来、ペンス副大統領(当時)が、少なくとも軍事、治安、政権移行の3分野については超法規的に事実上政権を代表して、議会および次期政権と協調していたことが伺えました。

その延長線上に、トランプとの「暗黙のディール」があっても不思議ではない、そんな印象を抱きました。例えばですが、バイデン大統領が演説で、和解を、そして危機の克服を、と訴えていた際に、ブッシュとマコネルという共和党の政治家が極めて真剣な姿勢で聞き入っていた、その光景もこれに重なってきます。一方で、おそらくはトランプを一生許さないであろうクリントン夫妻は、式典会場でも表情は堅いままで、存在感はありませんでした。

仮にそのような「密約」があったとして、これはバイデン政権にとっても、マコネル院内総務率いる共和党の穏健派にしても、願ったりかなったりだと思います。ですが、一つ大きな問題があります。それは、民主党の左派はおそらくそのような曖昧な筋書きは許さないだろうという点です。

思い起こせば、2017年、そして2018〜19年の失敗に終わった弾劾決議の時も、消極的であった民主党指導部に対して「トランプの犯罪を許すな」と激しく突き上げたのは左派でした。どんな形であれ、仮にもトランプを「許す」ということになれば、彼等は黙っていないでしょう。

アジア同盟国重視のメッセージ

これも全くの印象論ですが、バーニー・サンダース上院議員が、就任式という格式にはそぐわない「アウトドア向けの防寒ジャケット」で列席していたあたりに、何となく不穏な予兆を感じたのも事実です。

いずれにしても、新政権の初日は混乱もなく、スムーズな「船出」となりました。まずは、新型コロナ感染拡大対策として、ワクチン接種の加速、そして経済支援策の実現が注目されています。

一方で、中国はトランプ政権の外交チームに制裁を加え、何故かこの日に合わせてジャック・マー氏が公共の場に姿を見せるなど、アメリカとの関係改善へ向けたメッセージを早速投げてきました。バイデン政権としては、早期に外交チームの上院承認を得てスピーディに新しい外交をスタートできるかが問われています。

ちなみに、就任式の夜に行われたバーチャル形式での就任記念イベントで、岩国の米軍基地からF35機を背景にして海兵隊員が就任を祝いつつ、自由陣営と同盟を守るというメッセージを述べるシーンがありました。とりあえず、これは日米同盟を機軸にして、オバマ時代の「アジアにおける同盟重視戦略」に戻そうというメッセージと理解して良いと思います。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

中朝首脳が会談、戦略的な意思疎通を強化

ビジネス

デジタルユーロ、大規模な混乱に備え必要=チポローネ

ビジネス

スウェーデン、食品の付加価値税を半減へ 景気刺激へ

ワールド

アングル:中ロとの連帯示すインド、冷え込むトランプ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:豪ワーホリ残酷物語
特集:豪ワーホリ残酷物語
2025年9月 9日号(9/ 2発売)

円安の日本から「出稼ぎ」に行く時代──オーストラリアで搾取される若者たちの実態は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニングをする女性、異変を感じ、背後に「見えたモノ」にSNS震撼
  • 2
    【動画あり】9月初旬に複数の小惑星が地球に接近...地球への衝突確率は? 監視と対策は十分か?
  • 3
    「見せびらかし...」ベッカム長男夫妻、家族とのヨットバカンスに不参加も「価格5倍」の豪華ヨットで2日後同じ寄港地に
  • 4
    「よく眠る人が長生き」は本当なのか?...「睡眠障害…
  • 5
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体…
  • 6
    Z世代の幸福度は、実はとても低い...国際研究が彼ら…
  • 7
    【クイズ】世界で2番目に「農産物の輸出額」が多い「…
  • 8
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 9
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動…
  • 10
    上から下まで何も隠さず、全身「横から丸見え」...シ…
  • 1
    東北で大腸がんが多いのはなぜか――秋田県で死亡率が下がった「意外な理由」
  • 2
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動ける体」をつくる、エキセントリック運動【note限定公開記事】
  • 3
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体」をつくる4つの食事ポイント
  • 4
    25年以内に「がん」を上回る死因に...「スーパーバグ…
  • 5
    豊かさに溺れ、非生産的で野心のない国へ...「世界が…
  • 6
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 7
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニング…
  • 8
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害…
  • 9
    首を制する者が、筋トレを制す...見た目もパフォーマ…
  • 10
    上から下まで何も隠さず、全身「横から丸見え」...シ…
  • 1
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 2
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 3
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大ベビー」の姿にSNS震撼「ほぼ幼児では?」
  • 4
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 5
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果…
  • 6
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 7
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 8
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 9
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 10
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story