コラム

アメリカがギュレン師をトルコに引き渡せない5つの理由

2016年07月19日(火)15時00分
アメリカがギュレン師をトルコに引き渡せない5つの理由

Selahattin Sevi/Zaman Daily via Cihan News Agency/REUTERS

<トルコのエルドアン政権は、クーデター未遂に関与したとしてアメリカに滞在中のイスラム教指導者ギュレン師の引き渡しを求めている。しかし確たる証拠も提示されない中で、アメリカがこの要求に応じることは考えにくく、結果としてトルコと欧米側の関係が悪化する可能性もある>(写真はペンシルベニア州の自宅で取材に応じるギュレン師〔2013年9月撮影〕)


 先週末にトルコで発生した「クーデター未遂」事件に関して、トルコのエルドアン政権は、アメリカに亡命している宗教指導者ギュレン師の引き渡しを要求しています。同師が事件の黒幕だというのですが、これに対してアメリカのケリー国務長官は引き渡しを拒否する考えのようです。

 その理由としては色々ありますが、5点議論してみたいと思います。

 1点目は非常に基本的な法律論です。ケリー長官によれば、犯罪行為に加担したという証拠がなければ、身柄の引き渡しはアメリカの国内法上許されないし、何よりもアメリカの裁判所からそのような執行命令は出せないということです。ケリー長官は最初からこうした姿勢を示していますが、トルコのユルデゥルム首相からは具体的な「証拠」の提示はありません。

 2点目は人道的な判断です。政治的迫害を理由に事実上亡命してきている人物を、その迫害者のところへ送還することは、人道上の問題になります。特に今回のトルコでは、EU加盟の可能性を失うことを覚悟しつつ「死刑復活」の論議が始まっていること、ギュレン派の人々に対する大統領支持派による殴打の様子を映した写真が出回っていることなどから、迫害が行われているのが明白だということもあります。

【参考記事】トルコは「クーデター幻想」から脱却できるか

 3点目は宗教上の問題です。ギュレン運動というのは、政教分離、世俗主義との整合性を掲げた穏健な教義で知られます。欧米にとっては、イスラム教の教派の中でも最も理解しやすい考え方です。地元のペンシルバニア州「ポコノ地方」の新聞によれば、ギュレン師の立場というのは、原理主義の対極にあるものだとして、仮にタリバンがブッシュ前大統領とギュレン師を捕まえたとしたら、ギュレン師に先に危害を加えるだろうと書かれていました。その例えが適切かどうかは別として、そのような人々に迫害が加えられている中で、指導者を送還するという判断は取りにくいと思われます。

 4点目は政治的な問題です。トルコのエルドアン政権は、6月末にロシアのプーチン大統領との劇的な関係改善を行うなど、シリア情勢への関与、ISIL対策の問題などで米欧との協調姿勢から外れつつあります。そのような中で、原則論を曲げてまで関係改善を図る政治的な環境にはないことがあります。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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