コラム

米軍がアフガン駐留を続けざるを得ない事情

2015年10月20日(火)16時15分

 そうした激しい戦闘へと拡大する可能性は低いと思います。過去の戦闘を通じて、米軍も、そしてNATO軍も「地の利」のない自分たちには、大きな兵力を投入しても「80年代のソ連軍」のように大きな犠牲とともに惨敗する可能性があることを知っているからです。

 では、どうして駐留を継続させるのでしょうか?

 それは、米軍の士気を維持するには、それしかないからだと思います。

 アメリカでは、今年3月に公式に起訴された1つの軍事裁判が話題になっています。起訴されたのはボウ・バーグダールという兵士で、アフガン従軍中にタリバンに拘束されて5年間人質になった後に、2014年に釈放された人物です。

 バーグダールの釈放にあたって、オバマ政権はグアンタナモに収容していた5人のテロ容疑者を捕虜交換で引き渡しているのですが、そこまでの犠牲を払って身柄を奪還した一方で、バーグダールには疑惑が消せませんでした。というのは、任務遂行中に勝手に持ち場を離れて行方不明になり、そのままタリバンに拘束されたのが軍律違反ではないかというのです。

 軍事機密ということもあって真相は不明ですが、バーグダールに関しては、捕虜の交換をして奪還した以上は「英雄」だという見方と、「持ち場を勝手に離れた」のは「裏切り者」だという見方が交錯しているわけです。

 では、そうした事情がありながら、どうして捕虜奪還をしたのかというと、「捕虜になっても必ず奪還する」という例を見せないと前線の士気が保てないからです。一方で、「勝手に失踪した」ことに対して何らかの処罰をしないと軍律が保てません。そのジレンマの中で米軍は、この変わり者のバーグダールという兵士1人の処遇を決めかねるという妙な状況に陥っているのです。

 要するに、目的も、そして勝利の可能性も見えなくなる中で、アフガンの駐留米軍の士気は低下しているのです。そしてその士気が崩壊しないようにするには、1000人だけの駐留で孤立感を深めさせることはできない、そこで17年以降も5500人という決定になった、そうした見方をするのが妥当でしょう。

 決戦を挑むわけでも、大きく反転攻勢をかけるのでもない、とにかく現状を維持するための5500人ということです。そこに新たにNATO軍や自衛隊を加えて、タリバンやあるいはISILとの大規模な戦闘を挑むという判断にはならないでしょう。いわば「手詰まりの中の現状維持」なのです。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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