コラム

韓国の苛烈な選挙戦、金大中と選挙参謀の実話を元にした『キングメーカー 大統領を作った男』

2022年08月10日(水)16時00分

1960年代の韓国、大統領選をめぐる熾烈な駆け引き......『キングメーカー 大統領を作った男』

<韓国の第15代大統領、金大中と彼の選挙参謀だった厳昌録にインスパイアされた『キングメーカー 大統領を作った男』......>

実話にインスパイアされた韓国の俊英ビョン・ソンヒョン監督の新作『キングメーカー 大統領を作った男』では、1961年からの10年間を背景に、長きにわたる独裁政権の打倒を目指す政治家とその理想に共鳴した影の選挙請負人の協同、大統領選をめぐる熾烈な駆け引きがスリリングに描き出される。

1961年、韓国東北部の江原道で小さな薬局を営むソ・チャンデは、独裁政権を打倒して世の中を変えたいという思いから、野党新民党に所属するキム・ウンボムに肩入れしていた。チャンデはウンボムの選挙事務所を訪ね、「1票を得るより相手の10票を減らす」戦略を提案する。ウンボムはその戦略に賛同はできなかったが、チャンデに興味を持ち、彼を選挙チームに加えることにする。

ウンボム陣営には資金も人脈もない。チャンデは、選挙チームに当事者意識を植えつけて結束を図る一方で、ネガティブキャンペーンから詐欺まがいの賄賂工作まで、次々と汚い戦略を打ち出していく。その結果、ウンボムは、国会議員選挙に勝利し、新民党の大統領候補となるが、大統領選を前にしてある事件が起こり、ウンボムとチャンデの間に決定的な亀裂が生じる。

実在のモデル、金大中と彼の選挙参謀

本作の冒頭に「これは実話を元にしたフィクションです」とあるように、キム・ウンボムとソ・チャンデには実在のモデルがいる。後に第15代大統領になる金大中と彼の選挙参謀だった厳昌録だ。

『金大中自伝(I) 死刑囚から大統領へ----民主化への道』では、厳昌録のことが以下のように綴られている。


「厳昌録は選挙の鬼才だった。江原道麟蹄の補欠選挙のときから私を手伝った。六七年の木浦の選挙では傑出した戦略で、行政の力が総動員された官憲選挙を骨抜きにした。選挙戦の情勢を正確に読み、大衆心理を見抜く能力を持っていた。何よりも組織づくりの名手だった」

516e8KAAKwL.jpg

『金大中自伝(I) 死刑囚から大統領へ----民主化への道』金大中 波佐場清・康宗憲訳(岩波書店、2011年)

この記述にある67年の木浦の選挙では、朴大統領が、金大中だけは絶対に当選させてはならないと、中央情報部と内務省の幹部らに指示していた。金大中が軍事政権の失政を正面から攻撃していたからだ。さらに、朴大統領に対抗する野党候補を決める党大会では、金大中は非主流のひとりに過ぎず、彼の周囲の人たちまでが候補を辞退することを勧めるような状況だった。

それだけに、ウンボムとチャンデが、劣勢を覆していく展開は、見応えのあるドラマになる。しかし、本作にはより深いテーマが埋め込まれ、冒頭から一貫した流れを形作っている。

プロフィール

大場正明

評論家。
1957年、神奈川県生まれ。中央大学法学部卒。「CDジャーナル」、「宝島」、「キネマ旬報」などに寄稿。「週刊朝日」の映画星取表を担当中。著書・編著書は『サバービアの憂鬱——アメリカン・ファミリーの光と影』(東京書籍)、『CineLesson15 アメリカ映画主義』(フィルムアート社)、『90年代アメリカ映画100』(芸術新聞社)など。趣味は登山、温泉・霊場巡り、写真。
ホームページ/ブログは、“crisscross”“楽土慢遊”“Into the Wild 2.0”

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏「南アG20に属すべきでない」、今月の首

ワールド

トランプ氏、米中ロで非核化に取り組む可能性に言及 

ワールド

ハマス、人質遺体の返還継続 イスラエル軍のガザ攻撃

ビジネス

米ADP民間雇用、10月は4.2万人増 大幅に回復
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 2
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 3
    カナダ、インドからの留学申請74%を却下...大幅上昇の理由とは?
  • 4
    もはや大卒に何の意味が? 借金して大学を出ても「商…
  • 5
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 6
    NY市長に「社会主義」候補当選、マムダニ・ショック…
  • 7
    若いホホジロザメを捕食する「シャークハンター」シ…
  • 8
    「なんだコイツ!」網戸の工事中に「まさかの巨大生…
  • 9
    「白人に見えない」と言われ続けた白人女性...外見と…
  • 10
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 3
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読み方は?
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 6
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 7
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 8
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 9
    女性の後を毎晩つけてくるストーカー...1週間後、雨…
  • 10
    だまされやすい詐欺メールTOP3を専門家が解説
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story