コラム

変貌するカリフォルニア州オークランドの現実『ブラインドスポッティング』

2019年08月29日(木)16時24分

『ブラインドスポッティング』 (C)2018 OAKLAND MOVING PICTURES LLC ALL RIGHTS RESERVED

<急速に変貌を遂げるカリフォルニア州オークランドを舞台に、人種が違う幼馴染の視点が複雑に絡み合い、独特の緊張感が生み出されていく......>

サンダンス映画祭のオープニング作品として注目されたカルロス・ロペス・エストラーダ監督『ブラインドスポッティング』では、急速に変貌を遂げるカリフォルニア州オークランドを舞台に、人種が違う幼馴染の視点が複雑に絡み合い、独特の緊張感が生み出されていく。

主人公は、引越し会社で一緒に働く黒人のコリンと白人のマイルズ。ある事件(後に明らかにされる)を起こして逮捕されたコリンは、保護観察期間があと3日で終わろうとしている。だが、彼がいくら品行方正を心がけても、問題児マイルズの予想しがたい行動が招くトラブルに巻き込まれないとも限らない。

そんなときコリンは、帰宅する途中に突然トラックの前に現れた黒人男性が、追いかけてきた白人警官に背後から撃たれて死亡するのを目撃してしまう。そして、その出来事をきっかけにマイルズとの立場の違いをこれまで以上に意識するようになり、ふたりの間に軋轢が生まれる。

黒人コミュニティとジェントリフィケーション

本作でまず注目しなければならないのは、コンビで脚本と主演を担当しているダヴィード・ディグスとラファエル・カザルの存在だ。オークランド出身のディグスと同じベイエリアのバークレー出身のカザルは、高校時代からの付き合いで、それぞれにラッパー/俳優、スポークン・ワード・アーティスト/舞台脚本家という道を歩みつつ、コラボレーションを展開している。

本作ではそんなふたりが、脚本と演技を通して独自の視点からオークランドの現実を掘り下げている。そのポイントになるのは、黒人のコミュニティとジェントリフィケーション(地域の高級化)の関係だ。

60年代にブラックパンサー党が結成されたオークランドには、その歴史を受け継ぐ黒人のコミュニティがある。しかし、シリコンバレーから流れ込むマネーによってジェントリフィケーションが急速に進み、黒人が街から追い出され、残った黒人が地元住民でありながら犯罪者のように扱われるようになった。2009年にオークランドの地下鉄フルートベール駅構内で、黒人男性オスカー・グラントが、無抵抗のまま白人警官に射殺され、大問題になったことも思い出される。

「ヒップスターをやっつけろ 地元を守れ」

オークランドで育った黒人にとって、この事件や黒人のコミュニティの状況がどんな意味を持っているのかは、オークランド出身の監督ライアン・クーグラーの作品を振り返ってみるとよくわかる。

彼はこの事件を題材にしたデビュー作『フルートベール駅で』で、同じ年に生まれ、同じ土地で育ったグラントの最後の一日を通して、身近な現実を見つめている。さらに、ヒーロー・アクション『ブラックパンサー』では、アフリカの神話的かつ未来的な世界とオークランドのインナーシティの現実的な世界を結びつけ、架空の物語にオークランドの歴史や現実を巧妙に取り込んでいる。

そして本作ももちろんこの事件と無関係ではない。ディグスとカザルはこの企画を10年前から温めていて、彼らが構想を練りはじめた頃に事件が起こった。事件当時、ディグスはフルートベール駅から大して離れていない所で暮らしていた。だから事件が出発点のひとつになっているといえる。

プロフィール

大場正明

評論家。
1957年、神奈川県生まれ。中央大学法学部卒。「CDジャーナル」、「宝島」、「キネマ旬報」などに寄稿。「週刊朝日」の映画星取表を担当中。著書・編著書は『サバービアの憂鬱——アメリカン・ファミリーの光と影』(東京書籍)、『CineLesson15 アメリカ映画主義』(フィルムアート社)、『90年代アメリカ映画100』(芸術新聞社)など。趣味は登山、温泉・霊場巡り、写真。
ホームページ/ブログは、“crisscross”“楽土慢遊”“Into the Wild 2.0”

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

インドの卸売物価、11月は前年比-0.32% 下落

ビジネス

日経平均は反落、ハイテク株安い 日銀利上げ観測でT

ビジネス

フジHD、33.3%まで株式買い付けと通知受領 村

ワールド

香港民主派メディア創業者に有罪判決、国安法違反で
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
2025年12月16日号(12/ 9発売)

45年前、「20世紀のアイコン」に銃弾を浴びせた男が日本人ジャーナリストに刑務所で語った動機とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の展望。本当にトンネルは抜けたのか?
  • 2
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジアの宝石」の終焉
  • 3
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 4
    極限の筋力をつくる2つの技術とは?...真の力は「前…
  • 5
    南京事件を描いた映画「南京写真館」を皮肉るスラン…
  • 6
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 7
    トランプが日中の「喧嘩」に口を挟まないもっともな…
  • 8
    大成功の東京デフリンピックが、日本人をこう変えた
  • 9
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 10
    世界最大の都市ランキング...1位だった「東京」が3位…
  • 1
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 2
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 3
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の脅威」と明記
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 6
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 7
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 8
    人手不足で広がり始めた、非正規から正規雇用へのキ…
  • 9
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
  • 10
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 5
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 6
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 7
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 10
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story