ホモフォビア(同性愛嫌悪)とアメリカ:映画『ムーンライト』
バリー・ジェンキンス監督『ムーンライト』(c)2016 A24 Distribution, LLC
<本年度アカデミー賞作品賞、他2部門受賞。黒人少年の愛と成長の軌跡が描き、ホモフォビア(同性愛嫌悪)を通してアメリカの問題を鮮やかに浮き彫りにする映像詩>
本年度アカデミー賞で作品賞に輝いたバリー・ジェンキンス監督の『ムーンライト』では、シャロンという黒人少年の愛と成長の軌跡が描き出される。舞台となるマイアミのリバティ・シティは、黒人が集中して暮らす荒廃した地域だ。物語は3部構成で、3人の俳優がそれぞれに10歳、16歳、そして大人になったシャロンを演じている。
麻薬中毒の母親と暮らす内気な少年シャロンは、学校でいじめられている。ある日、いつものようにいじめっ子たちに追われていたシャロンは、麻薬ディーラーのフアンに助けられ、彼が父親的な存在になっていく。高校生になったシャロンは、相変わらず学校で孤立していたが、幼なじみの同級生ケヴィンにだけは心を許すことができた。ふたりは親密な関係を築くかに見えるが、ある事件が彼らの運命を変えてしまう。
大人になったシャロンは、身体を鍛え上げ、フアンと同じ麻薬ディーラーになっている。そんな彼のもとにある夜、突然ケヴィンから電話がかかってくる。
映画の原作は、黒人でゲイでもある劇作家タレル・アルバン・マクレイニーの自伝的な戯曲「In Moonlight Black Boys Look Blue」。監督のジェンキンスはゲイではないが、彼らはともにリバティ・シティで育ち、ドラマにはそれぞれの個人的な体験が反映されている。
ホモフォビア(同性愛嫌悪)という重要なテーマ
低予算で作られたこの映画に描かれるのは個人的で小さな世界だが、そこには黒人やLGBTの枠を超えたホモフォビア(同性愛嫌悪)という重要なテーマが埋め込まれている。
ルイ=ジョルジュ・タン編『<同性愛嫌悪(ホモフォビア)>を知る事典』に詳しく書かれているように、アメリカではヨーロッパと違い、同性愛が政治に直結し、激しい価値観の対立を生み出してきた。50年代に吹き荒れたマッカーシズムでは、共産主義と同性愛が結びつけられ、国家反逆を目的とした犯罪とみなされた。79年にレーガンが当選を果たしたのは、古き良きアメリカの家族を神聖視することが、宗教団体と共和党を一体化させる原動力になったからだった。そのレーガンが掲げた「家族の価値」はホモフォビアと不可分の関係にある。
前掲書では、そんな歴史も踏まえ、アメリカにおけるホモフォビアの意味が以下のようにまとめられている。
「同性愛問題は今日でもなお、さまざまな民族共同体間の力関係に直結し、それによって社会を組織する団結力が強められると同時に、また同性愛問題は宗教という土台にも直結し、さらにはまた、国家としては世界第一位の強国という立場にも直結する問題なのである。この意味で、合衆国における同性愛嫌悪とは一つの政治的立場なのであり、それこそが同性愛嫌悪という言葉の最も厳密な意味でもあるのだ」
この記述は、現在のアメリカにも当てはめることができる。先の大統領選でトランプは、キリスト教保守派で、ホモフォビアの代表とも評されるマイク・ペンスを副大統領候補に選び、そんな「政治的立場」が選挙戦の行方に少なからぬ影響を及ぼした。
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