コラム

すべての経済政策が間違っている

2021年10月14日(木)19時45分

中流、という意識を、1億人全員が持った瞬間に争いは激しくなる。なぜなら、中流、という概念を持つということは、社会は所得階層によって社会階層に分かれている、という基本認識にあるということだからだ。

しかも、現在は(いや本当は昔から)、多様性の時代である。経済的な豊かさも人それぞれでなければおかしい。みんなが同じ、という発想自体が、昭和の悪い面を呼び覚まそうとしているのである。

正しいのは、自分が中流だろうが、下流だろうが、いやそういう概念がまったくなく、最低限の人間らしい生活、人生が保障されている社会である。まわりとの比較をして、妬むのではなく、自分はもうちょっと経済的に豊かになりたいな、と思えば、何らかの努力をすれば、ある程度それが報われる社会である。他人の経済水準がどうであろうと関係ない。したがって、正しい政策は、低所得者層、失業層、そのほかの弱者で困っている人々を助けることであり、そのときに、ほかの人々の経済水準がどうなろうと知ったことではない、という政策であり、それを望む人々である。

ただ、本当に汚らわしい言葉として、「上級国民」という他人を攻撃するものがいつの間にか定着したが、現在の日本社会を構成する人々の一定数はこういう考え方なのだろう。だから、このような総中流などというスローガンが公約として成立するのであり、政治家や政党の責任ではなく、有権者の精神的な貧しさを反映したものでしかない。

分配という名のばら撒き合戦

次に、焦点となっている、成長か分配か、という論争も、本来は重要な話であるが、ここでは、まじめに議論するのが馬鹿馬鹿しいほど、議論の余地のない、ただのばら撒き合戦になっている。

そう。分配ではなく、ばら撒きなのだ。誰にどのくらいばら撒くか、それが分配論争である。分厚い中間層などまったく意味がなく、それを低所得者にばら撒くための正当化スローガンにするか、中間層にも大減税をする口実にするかである。1000万円の所得者に減税するとは、要は、ほとんどの有権者に減税する、という意味であり、消費税半減と同様に最悪の政策である。

そして、成長が先だ、パイを拡大するのが先だ、という言葉は、経済の長期的な強化ではなく、単に、金融所得への増税をやめる、というだけのことであり、成長とは無関係で、ただ金持ち増税の取りやめることである。

さらに酷いことに、企業の現金保有に課税するという、もっともナンセンスな政策まで飛び出してきた。これは経済活動が不便になるだけであり、企業は何も無駄に現金を保有しているわけではない。ゼロ金利をやめれば、解消する。そして、現在は、コロナで先行き不透明だったから、保険として現金を積みましていただけであり、健全なリスク対応である。企業の経営を妨害するだけで、経済は萎縮することになる、マイナス成長を目指す政策に他ならない。

プロフィール

小幡 績

1967年千葉県生まれ。
1992年東京大学経済学部首席卒業、大蔵省(現財務省)入省。1999大蔵省退職。2001年ハーバード大学で経済学博士(Ph.D.)を取得。帰国後、一橋経済研究所専任講師を経て、2003年より慶應大学大学院経営管理研究学科(慶應ビジネススクール)准教授。専門は行動ファイナンスとコーポレートガバナンス。新著に『アフターバブル: 近代資本主義は延命できるか』。他に『成長戦略のまやかし』『円高・デフレが日本経済を救う』など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

午後3時のドルは156円前半でほぼ横ばい、日銀早期

ビジネス

中国万科の社債急落、政府支援巡り懸念再燃 上場債売

ワールド

台湾が国防費400億ドル増額へ、33年までに 防衛

ビジネス

インフレ基調指標、10月の刈り込み平均値は前年比2
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ガザの叫びを聞け
特集:ガザの叫びを聞け
2025年12月 2日号(11/26発売)

「天井なき監獄」を生きるパレスチナ自治区ガザの若者たちが世界に向けて発信した10年の記録

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 2
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ成長株へ転生できたのか
  • 3
    老後資金は「ためる」より「使う」へ──50代からの後悔しない人生後半のマネープラン
  • 4
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファ…
  • 5
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 6
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 7
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 8
    放置されていた、恐竜の「ゲロ」の化石...そこに眠っ…
  • 9
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 10
    7歳の娘の「スマホの検索履歴」で見つかった「衝撃の…
  • 1
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 2
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判殺到、そもそも「実写化が早すぎる」との声も
  • 3
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 4
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 7
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 8
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 9
    海外の空港でトイレに入った女性が見た、驚きの「ナ…
  • 10
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 8
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦…
  • 9
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 10
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story