コラム

新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

2024年05月10日(金)16時22分

キャバクラも取り締まるべき?

今回のような事例は、しばしば悪質ホストが女性客から大金を貢がせるケースと比較して語られる。「悪質ホストを取り締まるなら、悪質キャバクラも取り締まれ」という主張をする人々がいるのだ。一見フェアなように聞こえるが、私はまったく賛同しない。

キャバクラとホストにはさまざまな差異があるが、特に「年齢」というものに着目したい。ホストクラブで高額な支払いを迫られる女性の多くは、20代前半の社会経験の少ない若者が中心だ。客とスタッフの年齢も近く、「真摯な恋愛」と錯覚しやすいとも言える。一方、キャバクラの場合は今回のように40〜50代、あるいはそれ以上の「良い歳をした大人」が相手となる。

同じような色恋営業であっても、騙す側が20代、騙される側が40〜50代のいい歳した大人となると、「おじさん馬鹿じゃないの?」と私は思ってしまうのだ。

こういうトラブルは大昔から続いているようで、こんなことわざもある。

「女郎に誠あれば晦日(みそか)に月が出る」

女郎(じょろう)とは江戸時代の遊女、すなわち現代で言えば、水商売・風俗業に従事する女性たちを意味する。晦日(陰暦の30日)は月が見えない新月の日。「水商売の女性が正直者だとしたら、新月の日に月が見える」といった意味で、彼女たちに誠実さを求めることは構造的に無理があるのだ。

「女郎の千枚起請(きしょう)」

という言葉もある。起請とは誓約書を意味する。「遊女は何枚でも誓約書を書いてしまう」ということで、水商売の人間の約束などまったく信用ならないといった意味合いだ。

昨今のXは、「話し相手のいない孤独で不幸な人」が集まる空間になりつつある。ホストやキャバクラにどハマりしてしまう人々と完全に客層が一致しており、そう考えるとX上で和久井容疑者への同情の声が広まるのは、自然の摂理かもしれない。

「推し活」「オタ活」と称してアイドルやアニメのキャラクターに大金を注ぎ込むことがメディアなどで肯定され過ぎていることも、背景にあるかもしれない。いい歳をした大人が、親子ほど歳の離れた人間を恋愛感情込みで推す感情は、本来ちょっと恥ずかしいと捉えるべきではなかろうか。

ガールズバーやキャバクラ、ホストクラブはあくまで疑似恋愛であり、ファンタジーを楽しむ場。常識ある大人としては、そう肝に銘じたいものである。

ニューズウィーク日本版 世界が尊敬する日本の小説36
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年9月16日/23日号(9月9日発売)は「世界が尊敬する日本の小説36」特集。優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


プロフィール

西谷 格

(にしたに・ただす)
ライター。1981年、神奈川県生まれ。早稲田大学社会科学部卒。地方紙「新潟日報」記者を経てフリーランスとして活動。2009年に上海に移住、2015年まで現地から中国の現状をレポートした。著書に『ルポ 中国「潜入バイト」日記』 (小学館新書)、『ルポ デジタルチャイナ体験記』(PHP新書)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ガザ全域で通信遮断、イスラエル軍の地上作戦拡大の兆

ワールド

トランプ氏、プーチン氏に「失望」 英首相とウクライ

ワールド

インフレ対応で経済成長を意図的に抑制、景気後退は遠

ビジネス

FRB利下げ「良い第一歩」、幅広い合意= ハセット
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「何だこれは...」クルーズ船の客室に出現した「謎の物体」にSNS大爆笑、「深海魚」説に「カニ」説も?
  • 2
    燃え上がる「ロシア最大級の製油所」...ウクライナ軍、夜間に大規模ドローン攻撃 国境から約1300キロ
  • 3
    1年で1000万人が死亡の可能性...迫る「スーパーバグ」感染爆発に対抗できる「100年前に忘れられた」治療法とは?
  • 4
    「日本を見習え!」米セブンイレブンが刷新を発表、…
  • 5
    中国山東省の住民が、「軍のミサイルが謎の物体を撃…
  • 6
    アジア作品に日本人はいない? 伊坂幸太郎原作『ブ…
  • 7
    中国経済をむしばむ「内巻」現象とは?
  • 8
    ケージを掃除中の飼い主にジャーマンシェパードがま…
  • 9
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 10
    「ゾンビに襲われてるのかと...」荒野で車が立ち往生…
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 3
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる」飲み物はどれ?
  • 4
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 5
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 6
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 7
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    電車内で「ウクライナ難民の女性」が襲われた驚愕シ…
  • 10
    「何だこれは...」クルーズ船の客室に出現した「謎の…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 7
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 8
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 9
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 10
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニング…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story